まったく先が見えない
危機管理の脆弱さに唖然

――震災直後、混乱の中での避難となった。当時を思い返して、何が一番問題だと考えているか。

 情報がまったくなかった。国からも東京電力からも、何がどうなっているのか、地元の住民にはまったく知らされなかった。これが一番の問題ですよ。

 オフサイトセンターは原発立地自治体にはあるんだけど、これはまったく動かなかった。1999年の東海村JCO臨界事故をきっかけに、原子力災害対策特別措置法が制定されてオフサイトセンターが作られた。危機対応のために作られたのに、電力も止まってまったく動かないなんて、どうかしている。それで情報の確保がまったくできなかった。ハードもソフトもすべてダメだった。

――原発の事故対応として、どうあるべきか。

 根底から日本の国の危機管理を描き直さないといけない。あんな風に、ものすごい危機が迫っているのに、まったく先も見えないで行き当たりばったりで対応するしかないなんて、国が滅亡してしまうよ。

 原子力行政そのものも問題だった。40年前、最初から国は事業者任せ。そうすると事業者の論理でものごとが進む。経済優先、稼働優先という企業の体質がそのままになる。私はフランスが参考になると思っている。フランスは中央集権的に原子力を扱っている。

「本当は受け入れたくないよ
でも帰還するためには仕方ない」

――汚染廃棄物の中間貯蔵施設については、まだ決まらない。政府は双葉郡に設置を要請しているが、双葉郡の首長の考えも分かれるし、住民も不安を抱いている。

 これはリスクの高い施設だし、イメージも良くない。安全性に不安が残るのも確かだ。でも、ふるさとに帰還するためには除染しなければならない。そのためには当然、中間貯蔵施設が必要だ。中間貯蔵施設ができるまでの仮置き場も確保しないといけない。

 中間貯蔵施設は歓迎していないし、本当は受け入れたくない。でも、現実的に考えてよそで受け入れるところもないでしょう。双葉郡で受け入れるのは仕方ないことだと思っている。