たとえば、本書の次の述懐を、心に留めておくと良い。

“「20代で米国に留学したが、そのころのクラスメートがノーベル経済学賞を取った。オレは官僚相手に接待に明け暮れていたかと思うと複雑な気分」~本書より”

 これは、バブルを彩った「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」を振り返った銀行の「MOF担」の言葉である。「MOF担」とは、銀行にあって大蔵省の意向をうかがう担当者のこと。当時、日本の金融は、大蔵省が企画しそれを銀行が実行する「大蔵支配」の構造にあった。そこで腐敗が進み、やがて接待汚職が摘発され自殺者や逮捕者が出て、その支配は終わった。

権力や利権に心を奪われたら
自分のやるべきことを見誤る

 権力や利権に心を奪われてしまうと、自分のやるべきことを見誤る。振り返った時にようやく、それが砂上の楼閣に過ぎなかったこと、自分に与えられた才能を無駄にしてしまったことに気づく。たった一度の人生を後悔しないためには、周囲の栄華をよそに、自らが楽しいと思うことに集中する勇気が必要だ。

 バブルの饗宴で「絶頂」を味わった人々は、その後に「転落」の道をたどるケースが少なくない。本書は、その哀れな背中をイヤというほど見せてくれる。ただ、だからといって、いまの若い世代は闇雲に将来を不安視する必要はないと私は思う。

 先述したように、この饗宴の礎となった「グレーゾーン」が減っている。つまらない世の中かもしれないが、見方を変えれば、この土俵でルールを守りさえすれば「転落」の心配は少ないともいえる。少子高齢化や人口減少など、将来への不安は募るばかりだ。

「でもまだ、希望はある」本書でひとしきりバブルの余韻を楽しんだあと、私はそう思いなおすことにした。

(HONZ 吉村博光)