前代未聞の公文書改ざんにまで手を染めことになったのは、伏せておきたい「都合の悪い事実」、つまり国に損害を与えるかもしれないという意識やなんらかの「意図」があったからだと考えるのが妥当だというわけだ。

 結局、改ざん問題が立件されるかどうかは、国有地取引の正当性や動機に密接にからんでくる。

 検察は、背任と公文書改ざんをセットで起訴できるかどうか、ぎりぎりまで慎重に検討すると見られるが、「国民の期待」と「立件の難しさ」とのギャップに苦悩しているようにも見える。

「国民の期待」と「立件の難しさ」
20年前の「接待汚職」と同じ構図

 よく似た状況は過去にもあった。約20年前、同じ財務省(当時は大蔵省)を主な舞台にした「接待汚職事件」だ。

 旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)の総会屋への利益供与事件の捜査をきっかけに、銀行や証券業界による大蔵官僚などへの接待の実態をつかんだのが端緒だった。バブル時代の過剰な不動産投資が焦げついた住専(住宅金融専門会社)への税金投入に続き、大手金融機関への公的資金投入が議論されていた最中のことだった。

 バブルで踊った銀行などに税金が投入される裏側で、業界と財務省役人らとのずぶずぶの癒着があったことが明らかになると、国民の怒りや不信感がピークに達した。

 財務省中枢にメスを入れることに法務省内で慎重論もあったが、当時の検察幹部は反対を押し切る形で、摘発に踏み切った。だが検察の果敢な姿勢に多くの人が溜飲を下げた一方で、捜査に対する批判も少なからずあった。

 当時、任意で取り調べを受けた人たちの多くが語るのは、「シナリオありき」の捜査に対する不信だ。

「検察が考えるシナリオに合うような話をしないと、いくら違うと説明しても納得してもらえなかった」「無理やり誰かを立件しようという感じだった」と。 

 収賄で逮捕・起訴された証券局課長補佐の立件についても、接待の見返りに行ったとされる便宜供与や職務権限の関係が曖昧で、また同様の接待を受けたにもかかわらず立件されなかった人との線引きがはっきりしないなど、強引な立件だったとの声は今もくすぶる。