ヒット商品の裏には必ず「インサイト」あり。消費者がモノを思わず買いたくなってしまう心のスイッチ――「インサイト」を活用し、新しい市場を切り拓く方法とは。国内での新規事業の創出だけでなく、インドや中国といった海外進出の際に実際に使われた方法もまとめた新刊『戦略インサイト』。本連載ではそのエッセンスや、マーケティングに関する最新トピックを解説していきます。
中国では、既にさまざまな洗剤が販売されています。ローカルメーカーの「藍月亮(Blue Moon)」「立白(Liby)」、グローバル企業のP&Gの「Tide」、ユニリーバの「OMO」など、さまざまなブランドがしのぎを削っています。
日本のメーカーは、まだまだ存在感がなく、単に「洗浄力が高い」といった性能や品質の良さだけでは、差別化できないでしょう。新規のメーカーとして参入し、成功するためには、まったく新しい切り口が必要になります。
まったく新しい切り口を見つけ出すためには、既存の競合ブランドがどういうポジショニングをとっているか、どういう機能を持っているか、どうそれらと差別化するかという商品カテゴリー内の洞察(カテゴリーインサイト)だけでは限界があります。中国人は、どういう環境で生活をしていて、どのように洗濯をしているのか、という実態をまず知ること。その上で、中国人は、何を望んでいて、何を怖れているかといった、広い視点からの洞察(ヒューマンインサイト)を得ることが、ヒット商品に不可欠な新しい切り口を見つけ出すことにつながるのです。
中国人は洗濯機があるのに、なぜ「手洗い」するのか?
中国の中間層の一般的な家庭には、「洗濯機」があります。しかし、洗濯機があるのに、多くの主婦は「手洗い」をします。これは、なぜだと思いますか?
その理由を知るために、まず中国人の生活ぶりを見てみることにしましょう。図1は、広州(香港の近くの大都市)の中間層(月収7~10万円くらいの世帯)の一般的な集合住宅の外観です。かなり汚れた感じです。エレベーターは付いていませんし、廊下などの共用部はかなり汚れています。
その一方で、それぞれの住宅の中は、とてもきれいです。(図2参照)はじめて家庭訪問をすると、かなりびっくりします。汚れた階段を上がっていくと、家の中も同じような汚さを想像してしまうので、玄関ドアが開いたとたん、「わー、きれいなお家ですねー」とびっくりします。
これは、このお宅に限ったことではありません。中国では、住宅を買って、たいてい全面フルリフォームをします。日本でも、スケルトンリフォームといって、いったんコンクリートの躯体の状態にしてから、内装を一からやり直す人がいますが、中国ではそれが一般的なのです。家の中は、きれいに掃除されており、リビングには薄型テレビやPCなどもあります。その反対に、中国では、ほとんど共益意識がありません。所有持分以外のところ、外観や廊下などですが、ここをきれいにする意識に乏しいようです。
端的に言えば、「自分の家の中がきれいなら、外はどうでもよい」ということです。例えば、家の中のゴミを平気で窓から外に捨てたりします。なので、集合住宅のすぐそばを歩く人はほとんどいません。上から、ゴミなど何が降ってくるかわからないからです。
こういう環境で生活しているため、「家はきれいで清潔」だが、「外は汚れていて不潔」という感覚を強く持っています。特に、中国人は「菌」を強く意識していて、外は「菌」だらけで、それを家の中に持ち込みたくないと思っているのです。以上の発見から、フレームワークを使って、「キーインサイトとプロポジション」を開発してみましょう。
フレームワークを使って
中国の洗濯洗剤を考えてみましょう
ヒューマンインサイトは、「家族、特に子どもの肌を、菌から守りたい」という根源的なニーズです。(これは、洗濯洗剤という製品カテゴリーには限定されないニーズなので、例えば、洗濯槽の菌を自動洗浄する「洗濯機」や、抗菌繊維を使った「下着」など、さまざまな製品カテゴリーがとらえることができるニーズです)
その根源的なニーズに対して、「洗濯洗剤」という製品カテゴリーはどう対応しているかを見てみます。カテゴリーインサイトは、「今の洗濯洗剤は汚れを落とすだけで菌まで取り除けないから、下着は手洗いをする」になります。菌から守るというニーズを、洗濯洗剤は満たしていないので、手洗いという洗濯行動をしているわけです。
この「菌から守りたい」という根源的なニーズ(ヒューマンインサイト)と、今の洗剤がそれを満たしていないギャップから、潜在ニーズ(キーインサイト)を導き出します。キーインサイトは、「家族、特に子どもの肌を、菌から守りたい。でも、今の洗剤は汚れを落とすだけだから、下着は手洗いをする」です。
そして、このニーズをとらえるプロポジション(製品コンセプト)は、「殺菌(抗菌)効果のある洗剤」になります。「洗濯機で下着が洗える、殺菌洗剤」だとさらに提案性が増すでしょう。今まで手洗いするしかなかった下着が洗濯機で洗えるようになることで、一気に洗濯にかける時間や手間が軽減されるからです。
また、これをブランド・プロポジションとして情緒的な価値も含めると、例えば、「赤ちゃんや子どもをケアするための、(優しくて賢いママの)殺菌洗剤」というふうになるでしょう。中国人は「面子」を大事にするという話を聞いたことがあるでしょうか。「面子」は、世間体のような「体裁」や「見栄」に近い意味合いを持ちます。また、中国人は、社会階層意識が強く、少しでも高い社会階層に属しているように見せたいという欲求があります。
もし、「子どもをしっかりケアする優しくて賢いママ」というユーザーイメージがあれば、母親としての面子が立ちそうですし、社会階層を高く見せたいという欲求も満たしてくれるのではないでしょうか。以上、中国での洗剤の新製品コンセプトの開発を、フレームワークに沿って行ってみました。
既存の洗剤に対する認識や期待などのカテゴリーインサイトにとどまらず、ヒューマンインサイトを探ることで、洗剤の新しい切り口(新製品コンセプト)を導き出しました。また、この切り口は、今までの洗剤にはない「サブカテゴリー」を生み出したり、既存の洗剤の定義を変えたりする可能性を秘めていることに気付かれたでしょうか。この洗濯洗剤の場合でいえば、「殺菌洗剤」というサブカテゴリーをつくるとともに、洗濯洗剤の定義を「衣服の汚れを落とすもの」から「子どもをケアするもの」に変えることになるのです。