卒業後は、郵便の配達や販売の事務、ホテルの清掃などのアルバイトを転々とする。この間、短時間睡眠の本を読んで実行してみたが、身体を壊して仕事を休んだ。

 Aさんは、それまで貯めたお金で、専門学校に入学した。親はバイトをやらせようとしていたが、気づいたら幻聴は消えていた。ただ、疲れやすさは取れなかった。

 2年後、専門学校を卒業し、障害年金を受給し始める。しかしAさんは、午前5時頃に寝て午後3時頃に起床する生活を送った。健康診断の血液検査を受けてみたところ、中性脂肪が異常値を示したため、内科にかかった。そこでAさんは、これまで自分が通っていた精神科がおかしかったことに気づく。

 さらに大学病院に転院してからは、ダイエットや整体を始めた。一方でAさんは、自分がゲーム好きだったことを自覚するようになり、ゲームの個人制作者を目刺すようになった。就労移行支援事業所にも通ってみたものの、週3日行くことは体がもたず、体力的な問題で断念した。

日大アメフト部みたい――。
生活訓練で人格否定される日々

 そこでAさんは、別の精神科の病院に併設された生活訓練を受けてみた。治療の一環で行われるデイケアのプログラムだ。デイケアは、週5日のカリキュラムが組まれていた。Aさんはゲームをつくりたかったのに、生活訓練では「ゲームをやめて仕事しろ!」と人格否定され、“ゴールの変更”を迫られる暴力的な支援が行われた。

 また、疲れやすい体質だったAさんは、「疲れは甘えだ」と何度もループされ、指示に逆らうと密室で2人のスタッフに追い込まれる“圧迫説教”を受けた。しかし、こうした暴力的な生活訓練を親が支持していたため、Aさんはなかなか抜け出すことができなかった。

「親が信者のようになっていて、日大アメフト部の監督みたいな感じだったんです」

 我慢できなくなったAさんは役所に助けを求め、「家を出て生活保護で新たな人生を生きていきたい」と訴え出た。その結果、役所からの問い合わせによって生活訓練はようやく中止になった。