「将来の問題ではなく、今の問題」と警鐘を鳴らし、
風評被害を避けるために、時間をかけて研究
地球温暖化の農作物に対する影響についていち早く調査と研究を始めていた人物がいる。2006年には大規模調査の結果を公表して迅速な対応を訴えると共に、問題に対する世間の認識の浅さに警鐘を鳴らしてきた。農研機構果樹茶葉研究部門の杉浦俊彦・果樹茶業研究部門園地環境ユニット長だ。
杉浦ユニット長が環境問題を研究の軸に据えたのは2000年頃。果樹の分野で品種改良だけでは対応が追いつかず、生産品目を転換しなければならないような状況を科学的に検証することにとりかかった。
「2000年ごろにはすでに果樹では温暖化によると思われる影響が顕在化しており、これを放置すれば農家の品目転換が追いつかないなどの構造的な問題になると感じました」と言う。
2006年にまとめた大規模調査は、米・麦、豆、芋そして果樹などの専門家でチームをつくりまとめたものだが、そこではすでに米の白未熟粒の発生の増加や、りんごやぶどうなどでの着色不良、熱帯から侵入した病虫害の拡大などが報告されている。
米の白未熟粒は、出穂後約20日間の平均気温が26~27度以上になると発生割合が増加する。調査結果などからの試算では、白未熟粒が増加するため国内平均の一等米の比率は、1990年代と比べて2065年までに25%減り、2100年までには41%減る。
「私たちのシミュレーションでは、現在のうんしゅうみかんの主要な生産地は、2060年には栽培適地よりも高温域になり、りんごでも適地の中心は北海道へと大幅に北に移動します」(杉浦ユニット長)。
こうしたシミュレーションや農作業現場での聞き取り調査などを基に、農業が産業として持続的であるための作物計画などを練っていく。
杉浦ユニット長は、「現在の農業のあり方を大きく変えるような将来予測は、結果の公表の仕方に非常に神経を使う」と打ち明ける。風評被害に直結しやすいからだ。研究結果とはいえ、「りんごはもう無理だ。これからはマンゴーだ」と言ったとしたら、農家の人たちはとまどい、反発も予想されるからだ。
怪しげな情報は精査し、シミュレーション結果については他の方法も駆使してクロスチェックを重ね、「シミュレーション結果は生物学的にあり得るのか」と現地調査も行う。慎重に慎重を重ねた研究を行うことで得られた研究結果が公表される。それでも反響は、ときには毀誉褒貶となって返ってくる。しかし、将来の栽培適地を検討しておかなければ農業が持続的であることはできないのだ。
温暖化についての農業関係者の反応を聞くと杉浦ユニット長は、「残念ながらまだ本気度が十分とは思えません」と語る。
「農家の方だけでなく一般の方も、温暖化問題は知っているが、誰かが解決してくれるだろうと思っているのではないでしょうか。しかし温暖化は紛れもない危機なのです。私が温暖化と関わり始めた2000年ごろは、『温暖化は将来の問題だ』と言われていましたが、私は、『これは今の問題だ』と気が付かされました」
それは研究室に閉じこもるのではなく、農作業の現場を訪ね歩いていたからこその実感だった。影響はすでに出始めていたし、そもそも果樹類は、その生育が自然に委ねられている部分が大きいことからも感じられた。
「米など、毎年、種や苗を植える作物の場合、温暖化対応の品種が開発されれば、比較的容易に品種の入れ替えができますし、気温の上昇に応じて田植えの時期をずらすなどのコントロールもある程度可能です。しかし果樹は、新たに木を植えてから収穫が可能になるまで時間がかかり、同じ木から十年以上にわたって収穫することが多いため、品種の入れ替えは容易ではありません。栽培などでのコントロールも難しい。それだけ果樹は、自然の今と未来の変化を見せてくれる存在なのです」
地球温暖化との戦いの現場を、私たちは知らなすぎる。
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農林水産技術会議事務局
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