農林水産業を成長産業化させるためには、イノベーティブな技術を開発し、それらの技術を着実に社会に広め、新たな市場を創り出していくことが重要である。私たちの身近なところに生まれ、結実しつつあるイノベーションの事例を紹介する。
「何気にそばにある」ものほど
革新性に満ちている
新しいものなのに、何気にそばにある。そうしたものほど、生産者にも消費者にも革新的な変化をもたらしている。
例えば、「芽には毒やえぐみがあり、子どもたちがお腹をこわすことがあるのできれいに削り取る」という常識を覆したジャガイモ。毒成分が減ったので、給食の調理担当者は芽を取る手間がなくなり、子どもたちも安心して食べられる。大阪大学大学院の村中俊哉教授の研究で、毒を減らしたのには、ゲノム編集を活用した「代謝スイッチング」という先端技術がある。
龍谷大学農学部の伏木亨教授は、1個当たり150kcalあったのを80kcalにまで減らしながら、美味しさは変わらないアイスクリームを作る“秘法”を編み出し、実際、商品は大ヒットしている。秘密は「脂肪酸」にある。油脂を減らして低カロリーにすると美味しさも落ちるが、脂肪酸を添加することで、低カロリーのまま美味しさを増強できる。技術の鍵は、脂肪酸を酸化させずに、安定して食品中に分散させるところにあった。
また、蕎麦の“聖地”とも言える長野県で、「信州ひすいそば」として知られる「長野S8号」。まさに翡翠色の蕎麦麺に加工できる美しさが人気だが、生産者にとっては草丈が高くて倒伏しやすいので、刈りにくい難があった。そこで味や香り、色は長野S号と同じだが草丈を低くして倒れにくく刈りやすくした「桔梗11号」が誕生した。これは信州大学の松島憲一准教授らの研究グループの取り組みだ。
(提供:日本デルモンテ)
筑波大学の江面浩教授は、血圧の上昇を抑える作用がある「GABA成分」を大量に持つトマトの開発に成功した。「フルーツゴールドギャバリッチ」という商品名で、毎年、春になると苗木が全国のホームセンターに並ぶ。そもそもが、トマトは水まきを抑えてストレスを与えると甘くなるが収穫量も減るジレンマがあり、それを克服する研究の過程で「高GABAになる」ことを発見した。まさに「瓢箪から駒」である。
紹介したのは農林水産省の「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」や、内閣府総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)などの研究資金によって実用化への道を開いたものだ。そうした研究成果は、私たちの日々の生活の中ではあまり意識することはないが、食材が農場から食卓に届けられるまでのプロセスの中で、極めて重要な役割を果たしているのである。
農林水産技術会議事務局の別所智博局長は、「グローバルな食市場は急速に拡大していく中で、世界全体の食市場や消費者の多様なニーズを視野に入れながら、異分野や他産業と連携した技術開発・実用化を加速化すれば、わが国の農業・食品産業は伸びしろが大きい産業である」と語る。