まずは孤立している人を誘うことから始めた。

 参加できる年齢を幅広く設定することで社会福祉協議会とも連携し、さまざまな年代の人たちが集い、勉強会を行うようになる。現在も、個人訪問、お茶会サロン、そして福島から保養で来る人たちとの交流会を続けている。

 避難生活も8年目。子どもたちは東京の生活にすっかり慣れて落ち着いた。「でもこれで終わりではないと思っています」と岡田さん。

「2017年3月に住宅無償提供が打ち切られて、生活がさらに厳しくなった被災者たちも多く、家賃が払えなくて福島に帰らざるを得ない人もいます。安全に生活する権利は誰にでもあるはずです。もう(避難生活に慣れて)大丈夫だからと、なかったことにされてはいけないと思う。そのために、国が認めた被害者の一人として、自分ができることはやっていきたい」

震災時の子どもたちも成人
不安を口にできる場所も必要

 岡田さんは、NPO法人ふくしま30年プロジェクトに参加し、避難の協同センターの世話人としても活動を続けている。

 そんな中、岡田さんが今一番気になるのが、一世代下の人たちの事だという。

「原発事故当時、『将来子どもを産めなくなってしまったのではないか』と心配していた当時の高校生たちも今は20代。時が経つにつれ、不安を口にすることすら難しい状況になってきています。特に福島県内では口を閉ざしている人が多いのが現状で、『日本では2人に1人はがんになるんだし』とか『放射線は安全だから』『風評被害になるから』と言って、話せない環境づくりがなされていると感じています。自分の不安や気持ちを抱え込むのではなく、話せる環境づくりがこれからもっと必要となると思います」

「最近では、子どもたちを保養キャンプに連れていくことすら反対する人もいて、それを押し切ってまで来る家族もいました。県外に出てやっと自由に話ができたというママたちも珍しくはありません」

 自ら孤立し、さまざまな人から助けてもらった経験のある岡田さんだからこそ、話せる環境づくりを続けたいという。