北京五輪の最終日に行なわれた男子マラソンでは、高校生時代から日本にマラソン留学して日本を拠点に練習していた、ケニアのサムエル・ワンジル選手が優勝した。翌日の「産経新聞」に載った、彼の仙台育英高校時代の恩師である渡辺高夫陸上部総監督の談話がおもしろかった。
若き日のワンジル選手は「ケニア人の身体能力に、日本人の我慢が身につけばメダリストになれるぞ」と言われて練習に励んだ。加えて、渡辺総監督は「日本人に同化したらつぶれちゃう」とも言い聞かせていたという。
日本人にない圧倒的な闘争心や勝利への執着こそが圧倒的な走りを支えてきたからだ、と記事は記している。
プロ選手が派遣された男子サッカーや野球競技の惨敗ぶりを思うと、日本人(特に男子)には闘争心や勝利への執着が乏しいのかとは思うし、そもそも「勝負」に慣れていないことが問題ではないかとも考えたくなる(この問題についてはダイヤモンド・オンラインの「山崎元のマルチスコープ」に書いたので興味のある方はご参照いただきたい)。
両競技とも、監督の人選を含めたプロジェクト・マネジメントの失敗が大きかったが、競技を仕事にしているプロ選手が本番で弱かった点は、ビジネスマンの関心を引く大きな問題だ。
さて、渡辺氏の話が当たっているとすると、日本人は投資に向いているのだろうか。私見では、「我慢」に強いということは、投資にあってきわめて重要な特質だ。個々の日本人は大いに投資に向いていると思う。
こう言うと、近年の個人金融資産の増加や公的年金などの投資の利回りを比べて、「外国人のほうが運用が上手い」という反論が、日本版国家ファンドの推進論者あたりから返ってきそうだ。