初沢 日米韓という言葉を政府もよく口にしますが、韓国から見ればあくまで朝鮮戦争の当事国である米韓が主軸です。万が一有事になったとしても自衛隊が韓国に上陸することを韓国人は拒絶するでしょう。

 小泉訪朝からの16年間、北朝鮮は安易に国民感情を束ねることができる仮想敵国として存在して、実際に対話する相手ではなかったのです。ところが周辺国が朝鮮戦争終結へと動き出した今、日本に独自の対北外交プランがないことが露呈し「アメリカと100%共にある」と口にするばかりで、実際は途方に暮れている。

中国の脅威をことさらに
言わないための“当て馬”

『隣人、それから。38度線の北』の写真
『隣人、それから。38度線の北』より。中朝国境付近から中国を望む。国境をまたぐ立派な橋は中国資本で新しく作られた

三浦 独自のプランがないというのは的確かもしれません。各国が北朝鮮の核保有を受けて融和したり、東アジアから撤退の構えを見せる中で、日本の立場が変わらないのは、「非核化」「同盟維持」を求める日本の利益が変わっていないからです。ただ、動的に事態に対処しなければならないという観点からは、プランA以外にプランBを用意しておく必要があったのではないかと思います。もうひとつ、なぜ日本政府がことさらに北朝鮮の脅威をあおっているようにみなされてしまうかというと、日本政府にとって北朝鮮は、中国の脅威をことさらに言わないための“当て馬”的要素があったからです。

 2015年の安保法制の議論の際、私は集団的自衛権の限定容認に賛成でした。安保法制への賛否をめぐっては、安全保障環境が変化した、いやしていないという議論がありましたが、これは3つの要因から明確に変化しているのです。1つ目は中国の超大国化、2つ目には北朝鮮の核保有化で3つ目にアメリカの撤退傾向です。ソ連の軍拡や中国の核保有といった冷戦期の脅威拡大は、3つ目のアメリカの撤退傾向を伴わなかったために大きなゲームチェンジにはなりませんでした。しかし、この3つの要因が組み合わさることで、日本の安全保障環境は根源的に変わってしまったのです。

 中国や北の軍拡は東アジアに軍備競争を引き起こします。しかし、軍備競争の結果は誰もが不利益を受けることになりますし、日本は自力で大幅に軍拡する余裕があるわけですらない。だからアメリカをこの東アジア地域にとどめる努力、中国や北朝鮮に軍拡をやめさせる努力を払ってきたわけです。安保法制はその同盟強化の努力の一部だった。そうしたロジックが背景にあったわけです。

初沢 3つ目の要因が特に大きい、ということですね。

三浦 ところが、政府はそれをちゃんと国民に説明しませんでした。まずアメリカが撤退傾向ということは言わなかったし、中国の脅威という話も衆議院での議論の中では言わなかったんですね。参議院に議論が移ってから若干触れるようになりました。その代わりに政府が言っていたのは、専ら北朝鮮の脅威です。佐藤正久さんが作成した動画が話題になったりしましたよね。あれは国民の知性を低く見るものだという批判なんかが出ました。しかし、問題は、知性を低く見ていることよりも、むしろ米国の撤退の恐れを正面から議論しなかったこと、その不安を隠してしまったことの方なんです。