『隣人、それから。38度線の北』の写真
『隣人、それから。38度線の北』(初沢亜利)より

 実は戦争の選択肢がテーブルの上にない、という悔しい現実をアメリカ側は隠さないといけない。米軍は斬首作戦も本気で考えたでしょうが、勝算は低い。米韓合同軍事演習の拡大は、対話のための最大級の脅しでしかない。そして中国をなんとか巻き込み北朝鮮を追い込んで、どうやって手を挙げて出てくる場を作るかを考えていたのでしょう。日韓が人質に取られた上に米本土に届く核・ミサイルの完成を宣言された時点で、アメリカが勝負に負けたんです。今年に入り北主導で周辺事態が動いているのは当然の成り行きに見えます。そんな中、戦争する覚悟もない日本人が「あんな国ぶっつぶしてしまえ」と息巻いたり、独自の経済制裁を継続し朝鮮学校の生徒が持ち帰ったお土産を税関職員が没収したり、とピントのズレた反応が目立ちます。

三浦 アメリカでの世論調査を見ると、2017年中(他に手段がなかった場合)北朝鮮に対する戦争を過半数が許容していました。でも、非核化のために他に手段がなくたって、ロサンゼルスもニューヨークも壊滅したくないじゃないですか。要するに、米国では北朝鮮との戦争がもたらすリスクにリアリティーがなかった。関心がそもそも低かったからです。たぶんトランプ大統領含め、軍以外の人はまるで戦争のコストを自覚することなく意見を言えたんですね。それが2017年中の米国の北朝鮮に対する脅しを可能にしたと思っています。

 ただ初沢さんのご意見ほど私は楽観していたわけではありません。私も2017年中はずっと戦争はないと言ってきました。それが少し変わったのは、今年の1月末くらいですかね。3月後半に向けて戦争リスクが高まったと感じたからです。

初沢 今年の1月末から3月にかけてですか。

三浦 この見方は、専門家でも地域によってはまるで感じなかった人もいるでしょう。日本のメディアも危機意識はなかった。ただ、ホワイトハウスから在韓米軍の家族の引き揚げ準備指令が出て、金融の世界でも取引が前倒しに動きました。市況が動くのは、湾岸戦争の時もそうでした。そして、各国の軍と外務省ですね。米国の同盟国の実務者の多くが戦争を恐れていました。実際、戦争の具体的な作戦計画も米軍からリークされていたようです。結局、私の恐れは外れて本当によかったんですが。

初沢 開戦したとしてもアメリカの軍事力は圧倒的で、東京やソウルが火の海になる前に数日でたたける、みたいな楽観的な話をしている人も随分いましたけど、そこに関してはどう考えていたんですか。

三浦 私は具体的な作戦計画の詳細まで見たわけではありませんが、戦争を研究してきた人間としては、そのまま終わるわけないだろうと考えていました。戦争というのは当初の見込みを離れて展開するものです。数時間、あるいは十数時間で作戦が全て完了するなんていう分析は到底あり得ない。北朝鮮の隠し持っているミサイルにしても核弾頭にしても、全部を破壊することなんてできるわけないんですよ。しかも、戦争をすれば大量の小型核を使用することになっていた。広島・長崎以来の核戦争を引き起こすというのは、いかに民間人の死者を抑えたところで大きな影響を生みます。正直なところ、トランプ政権だったら小型核開発促進のために実戦使用しかねないという恐怖心さえあったんですよね。