中島 2017年に発覚した日産の「無資格者による完成車検査」も、まさにそれですね。完成車の検査というのは、ハンドルを右に切ったら右に曲がりましたというような、現代的にみるとあまり意味がないのではないかというもので、現場では誰も重要だと思っていない状況でした。この検査はもともと、日本車の品質が発展段階にあった時代のもので、すでに法律としては形骸化しているとの指摘があります。しかし、法である以上は意義の薄れた法律であっても、守らざるを得ないのです。

秋山 ソクラテスのいう「悪法といえど法なり」ですね。

中島 検査はしないのに、偽造印鑑管理表まで作って、守るふりをしていたというのが胸に迫りますが(笑)。

時代に合わない法律を放置すれば、
危険な「運用」がはびこり、事件・事故の温床に

中島 古い時代にできて、現状に合わない法律をいつまでも変えないでいると、現場では、法を無視した現場の「運用」が始まり、勝手がまかりとおることになります。

 コンプライアンスとして、社会の常識、期待に応えることと、法令が適切かどうかはまた別に考えるべきでしょう。そもそも法は国民の総意のはずです。そして、国会議員というのは英語では、law makerというように、法律をつくるのが仕事なのです。日本の国会議員はもっと現状に合った立法を、議員のリーダーシップのもとで活発にしていくべきではないでしょうか。

秋山 先生がおっしゃるような司法社会を考えるなら、社会活動の機動性を高めるために廃止する法律もあっていいのでしょうね。

中島 法律を変えないで、あるいは廃止しないままで古い法律をそのままにしていると、危険な「運用」がはびこります。建前と本音が乖離して、「たいして被害は出ないはずだから、いいだろう」という気持ちを生んでしまう。それが東海村JCO臨界事故のような、とんでもない被害をもたらす不幸な事件や事故を産む温床になるのです。

(取材・構成/ライター 奥田由意)