「病気や事故で手足を切断したため、実際には存在しない」あるいは、「手足はあるが感覚を失っている」にもかかわらず、その部分に痛みやしびれを感じることを「幻肢痛」という。幻肢痛は治療が難しく、これまで患者はつらい日々を送っていた。ところが幻肢痛に悩まされた当事者がVR(バーチャル・リアリティー:仮想現実)を用いたリハビリテーション機器を開発したら薬を手離すことができたという。その当事者を取材した。(医療ジャーナリスト 福原麻希)

脳が身体の変化に適応できない
そのとき「痛み」が現れる

Tさんの訓練中の様子…機器は安全性や安定性を考慮して市販されている赤外線センサーと、別の会社のヘッドマウントディスプレイを使っている
Tさんの訓練中の様子…機器は安全性や安定性を考慮して市販されている赤外線センサーと、別の会社のヘッドマウントディスプレイを使っている

 幻肢痛は痛みの中でも重症度の高い「神経障害性疼痛(とうつう)」で、日常生活に大きな支障が出る。患者はその痛みを、例えば腕や足を「ちぎれそうな」「絞られるような」「押しつぶされるような」「焼け付く」「刃物でえぐられる」等と表現する。強いしびれを感じることもある。

 手足を切断した場合のほか、バイクやスポーツの事故による「腕神経叢(わんしんけいそう)引き抜き損傷(手足は残っているが神経が損傷した)」「脊髄損傷(背骨の神経が損傷し、麻痺やしびれ、痛みを起こす)」によって幻肢痛を感じる人もいる。このような神経に障害が起こったことによる痛みを抱える患者数は約500万人といわれている。

 株式会社KIDS(キッズ)代表で、デザイナーでエンジニアの猪俣一則さん(46歳)も約30年間、幻肢痛に悩まされてきた。高校3年のとき、バイクで大きな事故に遭い、瀕死の重傷を負った。全身の骨が折れ、出血多量で、さらに右腕はわきの下からざっくり切れてしまい、まさに皮1枚でつながっているかのような状態だった。

 都内の病院の救命救急センターに搬送され、緊急手術で腕と足の損傷部位をつないでもらったことで血流は循環するようになったが、右腕の神経を完全に損傷したため(腕神経叢引き抜き損傷)、肩から腕、手のひらにかけての感覚と運動機能を失った。