「1秒単位」で消費者の心が離れていく時代。特に新商品・新サービスのプレゼンは、なんの誇張もなく「1秒」で勝負が決まる戦場だと言える。

本記事では、視聴者が誰も知らない完全な「市井の人」(=素人)を主役にするドキュメンタリー番組『家、ついて行ってイイですか?』の仕掛け人であり、ストーリーテリングの名手であるテレビ東京制作局ディレクターの高橋弘樹氏が、新刊『1秒でつかむ「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術』の内容をベースに、プレゼンに通じるストーリーテリングのキモをお伝えしていく(構成:編集部・今野良介)。

神は細部にしか宿らない

拙著『1秒でつかむ』で書いた32の技術の最も大切な部分は、「物事の見えていない魅力を引き出すストーリーテリングの技術」です。

魅力的なストーリーを描く上で、常々思うのは、「とにかくディテールこそ、雄弁に対象の魅力を表す」ということです。ストーリー作りの入口における「観察」においても、出口である「伝える」段階においても、です。

たとえば、「夜中に富士そばを食べている人」がいたとします。

もう少し詳しく見てみると、

・真夜中の1時に
・アイロンがしっかりかかったストライプのスーツで
・「はぁ」とため息をつきながら
・10歳以上、年上に見える恋人と
・新橋の富士そばでカツ丼セットを食べる
・りそな銀行の胸バッジをつけた30代前半の男

こんな感じだったとします。
この状況を、いくつかの段階の具体性レベルで表してみましょう。

(1)「に、そばを食べていた男」
(2)「夜に、富士そばを食べていた男」
(3)「深夜1時に、富士そばを食べていた男」
(4)「深夜1時に、新橋で富士そばを食べていた男」
(5)「深夜1時に、新橋で富士そばを食べていたサラリーマン
(6)「深夜1時に、彼女と、新橋で富士そばを食べていたサラリーマン」
(7)「
深夜1時に、10歳年上の彼女と、新橋で富士そばを食べていたサラリーマン」
(8)「
深夜1時に、10歳年上の彼女と、新橋で富士そばを食べていたりそな銀行に勤めるサラリーマン」
(9)「
深夜1時に、10歳年上の彼女と、新橋で富士そばを食べていたりそな銀行に勤める30代前半のサラリーマン」

どうでしょう。

(1)と(9)では、頭に思い描ける「映像」が異なるのではないでしょうか。

少しずつ形容詞を増やしましたが、どんどんイメージが鮮明になったのではないかと思います。

そして、イメージが(9)に近づいて、鮮明になればなるほど、その人に興味がわくのではないでしょうか。

「深夜1時に食べているなんて……」
「10歳年上の彼女って……」
「普段窓口で見る銀行員のプライベートって……」

ストーリーの「受け手」である視聴者は、ストーリーに対して、感動だったり、笑ったり嫌悪感を持ったり、何らかの感情をいだく時、それは常に、

[1]過去の何らかの体験と比べて
[2]
あるいは、さらにその体験と比べて感情を動かされた、「過去に味わった他のストーリー」と比べて
[3]
もしくは、そのストーリーを「もし自分が体験したら」と想像を働かせて

感情が動いているのです。

[1]なら、たとえば、「深夜1時に富士そば食べてるなんて、祖母が危篤になったあの日くらいだなあ(……何か起きる予感)」のように。

[2]なら、「10歳以上年上の女性と恋愛なんて、鈴木京香の不倫愛がナマナマしかったNHKのドラマ『セカンドバージン』と似てるなあ(……波乱の予感)」のように。

[3]なら、「りそな銀行勤務か。給料どれくらいなんだろう(……他人の懐事情に対する興味)」のように。

このように、「具体性」という武器によってはじめて、視聴者にさまざまな興味を持ってもらうことができるのです。

(1)「夜に、そばを食べていた男」のように、あまりに情報が少なすぎては、視聴者はそのストーリーをどのように見ていいのかわからなくなってしまいます。だから、ストーリーを伝える(編集する)上では、とりあえずそのストーリーに必要な「具体性」を、取捨選択して盛り込むことが必要となります。

フィクションでは、出口である「編集」と、入り口である「脚本」がほぼ同じ内容になりますが、脚本がないノンフィクションでは、そうはいきません。入り口である「撮影」に際して、「どこに魅力的なストーリーがあるのか」が完全にわからない場合がほとんどです。だからこそ、撮影において、極限までディテールにこだわり続ける「超・具体化力」が必要になるのです。

特に、ある程度わかりやすい実績を持った人を追いかける『情熱大陸』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』、あるいは『DOCUMENTARY of AKB48』といった「かわいい」という魅力がはっきりしているタレントを描く場合とは異なり、ぼくが作っている『家、ついて行ってイイですか?』のように、「一見魅力がわかりにくい、何てことなさそうに見えるもの」、たとえば、「市井の人」や、「何気ない街」などの魅力を描こうとする場合、「具体性」という武器なくして、魅力的なストーリーを描くことは絶対にできません。

これは、まだ誰も知らない商品をプレゼンしたりPRする際にも、同じことが言えるはずです。

『プロフェッショナル』なら、「200人の命を救った外科医」など、その実績で興味を持たせることが可能でしょうし、アイドルのドキュメンタリーなら、「かわいらしさ」を中心軸に置いてストーリーを作ることができますが、「一般の市井の人」である場合、その魅力を描くというのは、そう簡単ではないのです。

だから、視聴者が、

[1]過去の何らかの体験と比べて
[2]その体験と比べて感情を動かされた、「過去に味わった他のストーリー」と比べて
[3]そのストーリーを「もし自分が体験したら」と想像を働かせて

この[1]~[3]のどれかにひっかかり「いいものが見られそうだ」「おもしろそうだ」と思えるような具体的な要素をちりばめていかなければならないのです。なにしろ、視聴者にとって、いまテレビに映っている人は、ほぼ名無しのゴンベエ。つい1秒前まで自分の人生にとってまったく関係のない「ザ・他人」だったのですから。

よほど前評判の高い新商品や、ヒット商品の第2弾といった場合以外の、あらゆる新商品も同じです。

しかし、テレビはずるくて、わざわざそんな市井の人と向き合わずとも、「タレント」という魅力にあふれた人々と、その魅力を引き出しながら仕事をすることも可能です。

けれども、テレビ以外の業界では、魅力はあるけれど、その魅力がひと目で誰にでも伝わるものではないものを扱う場合がほとんどではないかと思います。

だからこそ、作り手の腕が試されるところですし、ぼくがその魅力を描くことにハマった、「市井の人々」と同じく、魅力的なストーリーを発見する技術が武器になり、やりがいもあるのだと思います。

じゃあ、「具体的」って何だよ、という話になりますが、キーワードは2つです。

「固有名詞」と、「数字」です。固有名詞と数字にこだわると、「具体性」が増します。

「そば屋」より「富士そば」のほうが具体的にイメージがわくでしょうし、「富士そば」より「新橋の富士そば」が、鮮明にイメージがわきます。

「サラリーマン」より「銀行員」のほうが具体的にイメージがわきますし、「銀行員」より「りそな銀行の30代行員」が、鮮明にイメージがわきます。

ただし、なじみのない固有名詞を使用する場合には、その言葉で伝えたいイメージを、想像してもらうことができるかどうか、つまり「目的」が果たせるかどうかを、少し吟味する必要があります。

たとえば、大垣共立銀行という言葉なら、「地方銀行」というイメージのために使うのはOKでしょう。ただ、「岐阜の銀行」というイメージを伝えたいのだとしたら、成功するかどうかは、受け手にどんな層を想定しているかによります。ギリギリ大人なら伝わるかもしれません。

第四銀行という言葉なら、これも「地方銀行」というイメージのために使うのはよさそうです。ただ、「新潟の銀行」というイメージを伝えたいのだとしたら、新潟県民と金融マン以外には、ほぼ伝わらないと思います。

この適切なレベルの「固有名詞」と「数字」に、ストーリー作りの入り口である「取材=魅力を引き出す時」と、出口である「編集=魅力を伝える時」の両方で徹底的にこだわることが、魅力的なストーリー作りにおいて、大切なことなのです。