国民が見ているのは
白黒よりも人間性である

 相手を嘘つきだと貶める作戦は、事実関係を徹底的に争う法廷では当たり前だが、社会から信頼を得なくてはいけない場面では逆効果だ。

 何か問題が発覚するたびに、安倍は嘘つきだ、独裁者だ、戦争が始まる、と壮絶なディスりをおっぱじめる野党の支持率がなかなかアップしないように、「他人を貶めても、社会から信頼は勝ち得ない」のだ。

 では、小室さんはどう言うべきだったか。相手の主張は受け入れられないが、相手をディスるような言い方もしたくない。そんな時には、「自分の中での認識」を語るのだ。例えば、先ほどの表現で言えば、《元婚約者の方から「返してもらうつもりはなかった」という明確なご説明があったように記憶しております》という感じだ。

 なんだか、証人喚問された政治家や官僚の答弁みたいだなと思うだろうが、実は根っこは同じだ。あちらは事実関係や責任の所在をあやふやにしていて、小室さんのケースでは、どちらが嘘つきかをハッキリさせていない。どちらも「白黒をつけない」という目的のための話法である。

「え?それじゃ声明を出す意味ないじゃん」と思うかもしれないが、小室さんが声明を出すことの目的は、借金だったのか、それとも支援だったのかを白黒つけることではない。

 もちろん、小室さんや代理人弁護士は白黒つけようと、こういう声明をつくったのだろうが、国民が注目しているのは、そういう極めて個人的な金銭トラブルの中身よりも、それに対応する小室さんの「人間性」である。

 このまま元婚約者の方を嘘つきだと断罪して、法的にも400万円を払わずに済んだとしても、「いやあ小室さんはいい人だね、これで心から眞子さまとの結婚をお祝いできるね」となるだろうか。なる訳がない。