ちなみに、思いついたことをすべて資料に書き込むのはおすすめしません。むしろ、絶対に知ってほしい数値データや、覚えてほしいキーワードだけを盛り込む方が、結果的に話しやすくなります。たくさんの文字をスライドや資料に書き込んでしまうと、プレゼンの場が朗読会のようになってしまいます。

 読めば分かることをわざわざ読み上げるのは、あまり意味がありません。私が「働き方改革」のトピックで講演をする時にも必ず言っていることですが、読めばわかる情報を共有するために、わざわざ時間と場所を共有する場を設けるのは、無駄そのものです。むしろ、同じ空間を共有するのであれば、生きた言葉をやり取りする場でなくてはならないと私は考えています。プレゼンは「自分の生きた言葉を届ける場所」であり、資料に書いてある文字を読み上げる場ではないのです。

 資料が他人の作ったものであれ自分が作ったものであれ、内容を本当に理解したり納得できたりしていないと、話している最中に不安になって、自信を持って聞き手と向き合うことが難しくなります。

 こうした結果として多いのは、「聞き手と視線を合わせられない」「投影している資料の方ばかりを向いて話してしまう」「手元の紙やパソコンの画面ばかりをのぞき込んでしまう」状態です。これでは、プレゼンの効果は半減します。プレゼンは相手の時間を「借りて」行うもの。その借りは「価値のある情報を渡す」形で返したいものです。

高校生と大学生2人組のプレゼンは、
なぜ観衆の心をわしづかみできたのか

 今回私が参加した岡山でのピッチイベントは「自分の思いを話す」ものなので、一般的に役立つ情報はあまり多くありませんでした。

 では意味のないことなのか、というとそんなことは決してありません。「その人の生きざま」や「仕事に対する覚悟」を聞くことによって、多くの人が刺激を受けたり感動したりすることができます。これはとても価値のあることだと私は思います。それぞれの人が一生懸命に考えた言葉は、人の心を動かします。これこそがプレゼンの醍醐味です。

「仕事のプレゼンだと感動を与えるなんて関係ないのでは?」「感動するから商談がまとまるわけではないのでは?」とお思いなるかもしれませんね。でも、正確な情報や明確な事実「だけ」では人はなかなか動かないと思います。