今年も「審判の日」がやってくる。そう、バレンタインである。1個か2個もらえれば“御の字”という男性も多い中、毎年チョコをもらいまくる男性が一部にいることも事実である。彼らは一体、何を考えているのか(怒)。いや、嫉妬にかられるだけでは仕方がないので、彼らからチョコをもらう際に気をつけていることを聞いてみたい。それが来年度の審判結果につながると信じて……。(取材・文/フリーライター 武藤弘樹)
男性にとって「審判の日」
罪深きバレンタインデー
バレンタインデーは男性にとって幼いころから「審判の日」である。
思春期を迎えるずっと前から、小学生、下手すると幼稚園・保育園から、バレンタインが近づくとその日を意識して過ごす羽目になる。当日になると落ち着かなさはピークに達し、父親の育毛剤を肌ツヤがよくなる化粧水か何かと勘違いしてさりげなく顔に塗りたくり登校していた中学生男子は少なくないはずである。
思春期になる頃には男子は明暗くっきり3層くらいに割り振られている。本命チョコをもらえる層、間一髪義理チョコをもらって「チョコをもらった」と豪語できる層、もらえるとしても母親や姉妹からだけの層である。多感な時期に「チョコをくれたのは母親だけ」といった状況が数年続くと、無駄な期待を抱くことは滑稽だと恥じ、諦め、放課後無駄に校内に残ることをやめ、「バレンタインとかいう文化、気持ち悪っ」と世の中を憎むようになっていくケースもあるが、それでもめげずに期待を捨てないで長じていく男性も多い。
男性諸氏にとってバレンタインとはそれくらい大きなイベントであり、この事情は社会人になっても青春のあの日々と根本を同じくしているようである。
しかしバレンタインにチョコをもらい慣れている、いってみれば宿命的にやや鼻につく男性に言わせれば、どうやらバレンタイン当日に浮き足立って過ごすのは愚の骨頂で、「男性に求められるべきバレンタインスマートな立ち回り」が存在するらしく、じゃあ一体それがどういうものなのかご拝聴しようじゃないかと、筆者が反感を押し殺しながら「自称モテ男」の男性2人にインタビューを行ったので、その詳細を紹介したい。