いま必要なのは、世界一のレベルで常に優勝を求め、ライバルたちとしのぎを削る戦術と戦略。勝つために、弱点とされるネット際の細かな技術を提供してくれるより高度な指導者。残念ながら、バインコーチにはそのレベルでのコーチ経験はない。急速に変わる大坂なおみ選手の環境を支援するには、相応の経験と才覚を持つコーチにバトンタッチするのはむしろ当然の成り行きだ。

「褒めて伸ばす」は万能ではない。育成段階では基本だろうが、3億円、4億円の賞金がかかり、10億円を超えるスポンサー料を担う選手になった以上、褒められる以前に自覚が必要だ。

 大坂なおみ選手の成長があまりにも急加速のため、バインコーチ自身にとってもファンにとっても早すぎる、唐突すぎる印象もあるかもしれない。それほど大坂なおみ選手の上昇カーブが異例だったのだ。

 だから双方にとって、この別れは前向きなものだ。バインコーチは、ヒッティング、パートナーからはじめて本格的なコーチ契約をし、いきなり「世界1位」を実現するという、これ以上ない成果を収めた。今回、大坂なおみ選手が彼の元を巣立った。それが彼の実績をなんら曇らせるものでもない。コーチもまた、そのような階段を上って成長する。

 大坂なおみ選手だけでなく、バインコーチもまた日本の多くの人々に愛される存在だったから、残念な思いはあるが、バインコーチもまた新しい選手と出会い、経験と活躍を重ねるよう期待したい。バインコーチはヨネックスと契約している。今後も日本でジュニア世代やコーチのためのクリニックなどを開いて、テニスだけでなく、日本のスポーツの変革に貢献してくれるだろう。

(作家・スポーツライター 小林信也)