「子どもを思い通りに育てられない……」
「いつも、子どもにイライラしてしまう……」
「実は子どもが好きになれなくて、早く自立してほしい……」
「つい他の子と比較して、焦ってしまう……」

そんな、子育て中のお母さんお父さんの悩みが幸せに変わる「29の言葉」を集めた新刊『子どもが幸せになることば』が、発売前から注目を集めています。

著者は、共働きで4人の子を育てる医師・臨床心理士で、20年間、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けてきた田中茂樹氏。親が「つい、言ってしまいがちな小言」を「子どもを信じることば」に変換すると、親も子もラクになれるという、心理学に基づいた「言葉がけ」の育児書です。

この記事では、著者が子育てに悩み、不安になったとき、心の支えになっていた「ある言葉」を紹介します。(構成:編集部/今野良介)

「田中くん! なに険しい顔しとるんや!」

育児は楽しみも大きいけれど、いろいろ大変だし、心配でもあります。

私には、子育てをしながら不安になると、いつも思い出す話があります。「そういう人もいるんだ」と知っておくだけで私は少し気分がラクになったので、読者のお母さんお父さんの中にも、同じようにラクになる人がいればいいなと思って紹介します。

大学時代、私は京都に住んでいました。30年以上前のことです。当時は銭湯に行くのが日課でした。

そこで知り合いになったEさんという男性がいました。タクシーの運転手さんで、証券会社に勤めていたけれど、自由が欲しくてやめたのだと聞きました。

当時、Eさんには男の子が生まれたばかりでした。会うたびに、サウナの中で赤ん坊の様子を話してくれました。奥さんも仕事をされていたので、Eさんもミルクをあげたりオムツを替えたり、保育園の送迎もされていました。

私はまだ十代で、赤ん坊のことは何もわからないので、たいへんだろうなと思っていました。そのEさんの育児の考え方が、とても変わっていたのです。

「いや、田中くん、たいへんはたいへんやけどな。でも、おもろいで。ぼくら夫婦はずっと犬飼ってたやろ。犬も可愛かったけど、今から思たら犬はものたりんわ。赤ん坊はすごいよ。笑顔が最高。もうあれ見たらメロメロやわ(もう笑顔になっている)。腹ばいで置いとくやろ、小っちゃい小っちゃい手で、目の前のもん触って口に入れて。自分で届かんかったら『あーあー!』ってこっち見て呼びよるんよ。すごいわ、あのひとづかいのうまさ」

「最近、はいはいしだしたんよ。もう目が離せへん。ぼく、タバコやめたんよ。タバコやライターのほうにすぐはいはいして行くねん。あぶないあぶない。狙いをつけたらタッタッタッと一直線。危ないもの好きやな、子どもは。お目当のものつかむやろ、そしたらねぶるねぶる(=なめる)。それでこっち見て、にたーってすんねん。自慢やろな。犬よりも気持ちが通う気がするわ」

「田中くん! うちの子、ついに立ち上がったよ! あーあーいうてるから見たら、コタツのはし持って、立ってんねん。足に力がびんびん入ってて、ぶるぶるなってる感じやねんけど、立ってたわ。嫁さんやなくてぼくが最初に目撃したよ。もう犬を超えたわ、人類は偉大やわ!」

「このごろな、息子な、『ぷぁーぷぁー』って言い出してんねん。それ僕のことよ、『パパ』。すごいわ、ほんまに喋るんよ。犬は喋らんやろ。子どもは、まあ言うたら『喋る犬』や。犬でもあんだけ可愛いやろ。それがもっともっと可愛いうえに喋りよるんやで、赤ん坊は! ほんますごい。最高よ」

 

「犬より可愛いうえにしゃべりよる」子育ての不安を吹き飛ばしてくれた言葉

 

あのころは、お父さんで育児に関わっている人は、いまほど多くありませんでした。

同じく銭湯に通っていた学生仲間何人かで、Eさんのお宅にお邪魔して、赤ちゃんを見せてもらったこともあります。いま思えば、奥さんも忙しかったろうによく招いてくれたものだと思います。マンションの部屋は片づいてなかったけれど、聞いていた通りの育児生活を見せてもらいました。

Eさんのおもしろい語り口と、ピュアな表現、底抜けの楽観性。最初に出会った育児の先輩がEさん夫妻だったことは、振り返れば、すごくラッキーだったと思います。

赤ちゃんを犬と比べるのは不謹慎かもしれません。でも、そういう考えで楽しんで、大事に子育てをしていたEさんの言葉は、その後、自分が父親になって育児をしだしたとき、いろいろな場面で蘇ってきました。

「こうしなければ」「こう育てなければ」などと不安になるたびに「なに険しい顔してるんや。喋る犬やぞ。楽しまな!」というEさんの声が聞こえてきて、ラクになれたのです。

Eさんのメッセージの本質は「子どもと暮らすのは楽しい」ということだと思います。

「やらなきゃいけない仕事」ではなくて「それ自体が最高の体験であり、贅沢なんだ」ということを忘れたらあかんよ、という。