もちろん、当時の絆を思い出して喜ぶ人もいるのだろう。しかし、「昔の思い出はたまに1人で取り出して楽しむぐらいでいい」という人もいる。

「フェイスブックページで発言数の少ない人に対して、まとめ役の彼女は『〇〇君、全然発言してないけど大丈夫かな?』などとも言う。それはもうちょっとおせっかいすぎて……(笑)。せっかくの昔の良い思い出が、押し付けがましい“絆”に更新されてしまってます。

 さらに、フェイスブックに投稿する人たちからは、現状への不満を感じるんですよ。『仕事も家庭もツラいわ~、ほんとあの頃は良かった』的な。自分は現状に満足してるので、彼らと一緒に傷をなめ合うつもりはない。人生は今を生きてこそなので、過去の思い出に浸っているだけじゃダメですよね」

 生き生きとした日常を送っている人たちが、たまの旧交を温め合う場なのか、それとも現状に鬱屈(うっくつ)を抱えた人たちがつかの間の思い出に浸る場なのか。それによっても同窓会へのモチベーションが異なるだろう。

 とはいえ人生いろいろ、どちらにも需要がある。Cさん(30代男性)の意見は、Bさんとは逆と言っていいかもしれない。

「私立の進学校だった高校の同窓生たちは一線で活躍している人が多いんです。同窓会でもやっぱり彼らが注目の的になるので、面白くない気持ちはあります。自分は自分の仕事が好きだしプライドも持ってやっているけれど、やはり比べられている気持ちになってしまう」

 Cさんがそう思うようになったきっかけは、友人の1人が言った言葉がきっかけだった。

「5年ほど前にあった同窓会で、有名企業でバリバリ働いていたり、自分の名前で仕事をしているような人たちを指さして、友人が『あいつらに比べて、俺らって昔から中途半端だったよなあ』って言ったんです。自分は中途半端にやってきたつもりはなかったので、『俺ら』と一くくりにされることに納得いかなかったですね。それから同窓会に行くのがイヤになりました」

政治、マルチ…
耐え難い同窓生からの勧誘

 仕事についての価値観、現状の差、それ以外にもう1つ「同窓会がイヤになった理由」で多いのは、おそらくこんな意見だろう。

「高校時代に仲が良かったわけでもなく、卒業後は何年も会っていなかった友人から急に連絡が来たと思ったら、『今度の選挙は〇〇さんに投票してください』というアレでした……。そういう根回しのためなのか、同窓会の幹事は彼。そちらへは行かず、仲の良い友人たちと別で集まろうという話をしています」(20代女性)