中国西部のシルクロード沿いにある古いこの町では、膨大な人数の拘束を含む治安維持キャンペーンが次の段階へと移行していた。それは、(ウイグル族の)地域社会の破壊と文化の一掃だ。ウルムチでイスラム教徒主体のウイグル系住民に対する当局の一斉拘束が開始されてから2年が経ち、ウイグル族の生活とアイデンティティーの根幹部分はその多くが根絶やしにされた。がらんどうのモスクは残っているが、その周囲にあった貧しい家々は、中国各地でよく見られるような、ガラス張りのビルと商店街に変わった。ウイグル族の社会にとって、ナンと呼ばれる丸く平たいパンは、フランス人にとってのバゲットのようなものだったが、焼きたてのナンを売る屋台は姿を消した。かつてナンを焼いていた若い男たちの姿も、ナンを買う人々の姿も見られなくなった。新疆ウイグル自治区の首府であるウルムチ市は、長らく世界のウイグル人社会の中心だったが、ウルムチの書店にウイグル語の書籍は見当たらない。