25日に放送された『報道ステーション』でのユリ・ゲラー氏の扱いは、まさにこの風刺だったと思います。トランプ大統領のロシア疑惑終結や、沖縄・辺野古への土砂投入問題、イタリアの一帯一路参加など、重大なニュースに硬派な取材で切り込んだ後の息抜きの時間帯に、様々なトピックの1つとしてユリ・ゲラー氏を面白情報的な扱いで紹介しています。

情報の「送り手」ばかりでなく
「受け手」の意識も変わって来た

 ちなみにオウム以降、テレビ番組でのオカルトの取り上げ方も大きく変わりました。1970年代、80年代は、「ビリーバー」という真剣に情報を信じる視聴者が多かったのですが、2010年代のオカルトは、主にお笑いの立ち位置で扱われているように見えます。バラエティ番組で言えば、ひな壇の芸人が笑いながら揶揄するような扱い方です。「あれは嘘じゃん」と思いながら楽しんで見る、といった具合に、受け手の意識も変わってきています。

 ですから私は、件の『報道ステーション』を見たとき、ユリ・ゲラーが風刺として取り上げられているということに気づき、何の違和感も覚えず、普通に視聴していました。この番組構成を考えると、逆に「ユリが何かを起こしてくれるんじゃないか」と期待してしまった視聴者は、皆無に近かったと思います。つまり、視聴者に誤解を与えるとは考えづらい番組構成だったと思います。

 今回の件に限らず、私が以前から感じていた課題は、日本の報道において「情報の送り手」である人たちが、本来は武器であるはずの風刺の役割をあまり重視していないのではないか、あるいはその重要性に気づいていないのではないか、ということです。

 わかりやすい例を挙げると、お笑いコンビ・ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんへの批判があります。村本さんは実力的にも影響力的にも、日本を代表する風刺芸の第一人者です。あの風刺の切り口は実に切れ味が鋭くて、面白い。