年寄名跡には限られた数がある。今は制度が変わり、個人間で売買できなくなったが、「年寄株」とも呼ばれるとおり、それは資産である。これを海外に流失させていいのかという議論はあるかもしれない。だが、白鵬が望んだのは「一代年寄」であって、他に譲渡もできない。

 日本文化とは何かを考える。わび、さび、といった言葉で表現される奥ゆかしさ、損得を超えた愛情や思いやりが日本文化の底流にあると私は感じている。

 この観点から言えば、規則を盾に白鵬の一代年寄の希望を突っぱね、国籍を取得したら認める日本相撲協会は、かつての悪代官を彷彿とさせる、悪しき日本文化の象徴ではないか。

 さんざん白鵬人気に依存しながら、引退後は理不尽な規定を変えず支配下に置こうとする日本相撲協会の冷たさ、小ささに失望する。このような気持ちしか持たない日本相撲協会に、日本文化の継承を任せていいのだろうか。

 白鵬はモンゴルの英雄でもある。しかも白鵬の父親は、モンゴル相撲の王者であり、メキシコ五輪のレスリングでモンゴルに初めてのメダル(銀)をもたらしたまさに英雄。この白鵬からモンゴル国籍を奪うことの意味に、日本相撲協会は思いを巡らせているのだろうか。

 先ごろ引退を発表したイチローが、今後マリナーズの監督になるか経営に参加するなら日本国籍を捨てなければならないと強要されたら、日本のファンはどんな気持ちを抱くか、想像すればすぐ分かることだ。

白鵬が追い求める「後の先」
今や導いてくれる親方は誰もいない

 白鵬はある時期、「双葉山の境地を目指し、相撲の奥義を極めたい」と言い続け、「後の先」といった言葉をしばしば口にしていた。そのころの白鵬は真摯に相撲に取り組む姿勢にあふれ、「日本人以上に日本人らしい」といった形容で敬愛されていた。

 ところが、「後の先」を求める道半ばで白鵬の雰囲気が変わり始める。それは、2013年1月に白鵬の理解者であった元大鵬さんがこの世を去ったことも影響しているだろう。日本に学び、日本の国技である相撲道を邁進しようにも、「後の先」を語り合える先達もなければ理解もない。ファンもそのことにほとんど関心がなく、ただ勝った負けたで騒ぐに過ぎない。日本や相撲に対する深い失望があったのではないかと想像する。