今も元号が使われる
整備新幹線の計画書

 例えば、1987(昭和62)年10月に帝都高速度交通営団(現東京メトロ)と東急電鉄が交わした地下鉄直通運転実施に関する協定書には、「列車の相互直通運転の実施は昭和70年度を目途とする」と書かれている。この協定に基づき、営団は南北線赤羽岩淵~駒込間を「昭和66年9月」、駒込~目黒間を「昭和70年9月」までに開業させる計画だった。

 協定締結時においては確かに存在したはずの「昭和70年」は遂に訪れず、代わりに「平成7年」となった。「協定書を交わしてから8年後」という意味では同じなのだが、日本人にとっては、「昭和」と「平成」では時代が違うという認識が生じるはず。これが「元号」の魔力である。

「平成」の計画はどうなるだろうか。今は新聞やニュースでも西暦表記が主流となり、意識する機会も少なくなったが、リニア中央新幹線名古屋開業は「平成39年」、北海道新幹線札幌延伸は「平成42年」に開業するスケジュールだった。これが今では、リニアは「令和9年」、北海道新幹線は「令和12年」に開業することになっている。

 ちなみに、現在具体化している整備新幹線のうち、着工の想定が最も遅い北陸新幹線敦賀~新大阪間は、「平成43年」に着工して「平成58年」に開業する計画だ。これも換算すると「令和13年」着工「令和28年」開業になるが、ここまでくると「令和」が続いているかも分からない。

 上皇(前天皇)が天皇に即位したのは55歳、30年間務めて85歳で退位した。徳仁天皇は既に59歳。退位は一代限りの特例法とされているが、今後慣例化した場合、85歳まで26年しかないからだ。

 もしかすると、改元前に私たちがイメージしていた未来像は、令和の次の時代のことだったのかもしれない。そんな錯覚もまた、元号の魔力がもたらすものである。