ボストンコンサルティング社長として名を馳せたビジネス界きっての読書家が、どう読書と向き合ってきたか、何を得てきたか、どう活かしてきたかを縦横無尽に語り尽くす。
自分を高める教養と洞察力が身につき、本を武器に一生を楽しむ、トップ1%が実践する『できる人の読書術』を説き明かす。

 読書には時間がかかる。
 デジタルネイティブでなくても、インターネットに慣れていると、読書を非効率的に感じる人が多いのもわかる気がする。
 しかし、それは近視眼的なのである。

 古典に慣れ親しんで学び、巨人の肩に乗るのは、むしろ効率的なのだ。
 過去の先達が人生をかけて、苦労して結晶化した知識をわずか4~5時間で学べるのだから、こんなにありがたくて狡い話は、実はないのである。

 ネットでも知識は得られる。
 けれど、そこで得られる知識は玉石混淆だ。
 他人の受け売りもあれば、明らかに誤ったものも多く含まれる。
 ネットでの情報発信は、誰でも好き勝手にできるからだ。

 その点、書籍は誰でも自由に出すわけにいかない(自費出版などの例外は脇に置く)。
 出版社と編集者が「これはより多くの人に知ってもらいたい内容だ」と評価したものだけが、書籍化されて日の目を見る。

 すべての本に読む価値があるとは限らない。
 しかし、少なくともネット上で自由に発信されている情報や知識よりは、価値があるものに出会える確率は高いと考えて間違いない。

 なかでも「古典」と称される書物の存在は、この上なくありがたい。
 高い価値を多くの人びとに認められて長年の風雪に耐え、時代を超えて伝えられてきた古典には、普遍的な価値があり、私たちに巨人の肩を惜しみなく提供してくれる。
 そして、古典の作者は、例学なくそれ以前に学んでいる。それは17世紀の科学革命の後も、営々と続けられている。

 たとえば、20世紀を代表するドイツの哲学者マルティン・ハイデッカーは、同じくドイツの哲学者であるフッサール、ヘーゲル、カントらの古典を学び、独特の哲学を編み出した。
 2018年に亡くなった物理学者のスティーヴン・ホーキング博士は、ニュートン、アインシュタイン、プランクといった偉大な物理学者の古典的な研究を踏まえて、宇宙の謎に挑もうとした。

 人類が紡いできた知は、古典が古典に学ぶハイレベルなディープラーニングの反復によって、少しずつ形作られてきた。

 ビジネスパーソンでも、古典を含む読書でディープラーニングを繰り返すと、AIと共存共栄できるだけの知恵と教養と洞察力が体得できる。
 インターネット全盛時代だからこそ、活字でディープラーニングできる人材の希少性は高まるのだ。