これは、日本にとって無視できない問題だ。水産物の禁輸は、風評被害などを通して復興を妨げる。政府は科学的根拠を示して韓国に禁輸措置などの撤回を求めたが、韓国はほとんど聞く耳を持たなかった。韓国の対応を受けて政府がWTOに提訴したのは当然だ。

 日本は、水産物などの安全性をデータとして(「見える化」して)WTOに示せば、国際機関は「科学的な事実」を尊重し主張を聞き入れると考えた。それは、一面においては正しい。

 2018年2月、WTOの小委員会(第1審)は日本側の主張を認め、韓国に是正を求めた。韓国はこれを不服として上訴した。WTOの上級委員会は第1審の判断を取り下げた。上級委員会は、韓国の禁輸措置が不当な貿易制限ではないと結論付け、規制撤廃を求める日本側の要求は退けられた。

 ここから得られる教訓は、国際社会において論理的な正しさが常に支持を得られるとは限らないことだ。

 わが国は、科学的な正当性に加え、関係者に入念な根回しをしなければならなかった。結果的に見ると、わが国はそれができず訴えは退けられた。

 国際政治の専門家の中には、「日本政府は、国際社会における論争の仕方を知らない。これでは、勝てる試合も落としてしまう」と危惧する声もあるようだ。

 WTOの最終判断は、第1審が認めた日本の食品の安全性を認めている。データとしての正しさはゆるがない。しかし、人間の心理は常に科学的な正しさに従うわけでもない。多くの場合、“情”が無視できない影響を与える。この点を、日本側は理解できていなかった。

 反対に、韓国は世論の批判や懸念を訴え続けることでWTOに禁輸措置の必要性、正当性を認めさせた。その意味で、韓国の作戦勝ち=“ゴネ得”とみることもできる。