地域から疎まれるおじさんたちが
他の参加者の心を揺さぶる

労働者のおじさんは、表現することで人とつながり、人生を再生していく

 釜ヶ崎で暮らす日雇い労働者は、ほぼ全員が単身の高齢者。アルコール依存症、精神疾患、失踪者、生き辛さを抱えた人…、誰もが負い目を背負っている。

 そんな街で2012年に始まった釜ヶ崎芸術大学。運営は、「こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」というNPO法人である。スタッフ5人の小さな所帯だが、地域の住民やボランティアに支えられて活動を続けている。代表の上田假奈代さんは話す。

「釜ヶ崎のおじさんたちは、世間からは疎まれる存在かもしれない。でも、釜芸は正直な場なので、素直な気持ちになって自分が肯定されます。そして、地域外から来た人たちは釜ヶ崎のおじさんたちの何気ない一言や深い言葉、独特の佇まいに心揺さぶられています。私がそうなんです。誰かに影響を与える、与え合うことができるのは、生きる証。人はかかわり合うことで、新しい気づきをもたらすんじゃないでしょうか」(上田さん、以下同)

 詩人でもある上田さんは、行政や医療、福祉と違って、釜芸は誰もがフラットになれる場所だという。

「権威ではなく、寄せ場の背景をもつ釜ヶ崎こそ、本当の意味で学び合う大学といえるのではないかと考えています」

 おじさんが表現することで若い人に影響を与え、それが循環していくような状態が理想だと話す上田さん。「生徒」から「先生」になった人もいる。

 そのおじさんは、6年前に釜ヶ崎にやってきた。71歳。一緒に暮らす家族はいない。何もすることがない毎日。自転車に乗って図書館へ通うのが、唯一の楽しみだった。ある日、図書館で何気なく手にとった、からくり人形の本が契機になった。

「自分にもできるやろか」

労働者のおじさんが独学で作り上げた電動のからくり人形

 本を見ながら、電気の配線やハンダ付けを独学で勉強していった。飲んだビールの空き缶を使って、電気で動くからくり人形を作ってみた。

「電気関係のことは、よう知らんかったけど、電気屋街で材料を探して作ってみたんや。せやけど、むずかしい。途中であきらめそうになったけど、他にすることもないんで続けてたら、ようやくできたんや。完成したら、えらい自信がついたわ」

 製作中は、つらいことを忘れられたというおじさん。これまで作ったからくりは、20以上。どれも電気仕掛けで動く精巧なものばかりだ。自分でお酌してビールを飲む通天閣やリヤカーを押して歩く夫婦。とてもアマチュアとは思えない力作に、私は目を見張った。そしてこのおじさん、昨年、釜芸でからくり人形の講座を開いて、先生になったのである。