ベストセラー『教養としてのワイン』の著者が、数々の一流ワインをオールカラーで解説した注目の新刊『高いワイン』(ダイヤモンド社)が9月19日に刊行された。今回は本書から抜粋する形で、シャンパンをこよなく愛した英国元首相と、彼に捧げられた特別なシャンパンについて紹介します。

「フランスのために戦っているのではない、
 シャンパンのために戦っているのだ」

渡辺順子(わたなべ・じゅんこ)
プレミアムワイン代表取締役。1990年代に渡米。1本のプレミアムワインとの出合いをきっかけに、ワインの世界に足を踏み入れる。フランスへのワイン留学を経て、2001年から大手オークションハウス「クリスティーズ」のワイン部門に入社。NYのクリスティーズで、アジア人初のワインスペシャリストとして活躍。2009年に同社を退社。現在は帰国し、プレミアムワイン株式会社の代表として、欧米のワインオークション文化を日本に広める傍ら、アジア地域における富裕層や弁護士向けのワインセミナーも開催している。2016年には、ニューヨーク、香港を拠点とする老舗のワインオークションハウス Zachys(ザッキーズ)の日本代表に就任。日本国内でのワインサテライトオークション開催を手がけ、ワインオークションへの出品・入札および高級ワインに関するコンサルティングサービスを行う。著書に『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』『高いワイン』(共にダイヤモンド社)がある。

 イギリスの元首相ウィンストン・チャーチル(1874〜1965年)は、大のシャンパン好きとして名が上がる偉人の一人です。中でもチャーチルが愛したシャンパンが「ポルロジェ」でした。

 フランスで開催された英国公使主催の昼食会で、1928年産のポルロジェを口にしたチャーチルは、すっかりその魅力に取り憑かれ、以来大量にシャンパンを購入するようになりました。イギリス軍が第2次世界大戦に参戦した際には「フランスのために戦っているのではない、シャンパンのために戦っているのだ」と名言を残したほどです。

 チャーチルの浪費について書かれた本『No more Champagne』には、チャーチルのシャンパン消費量が記されていますが、その生涯での消費量はなんと4万2000本でした。

 そんなチャーチルが亡くなった1965年、追悼の意味を込め1965年産のポルロジェは黒の帯で縁取られました。多くのシャンパンメゾンがアメリカの禁酒法やロシア革命などの煽りを受けるなか、ポルロジェはチャーチルによって支えられたと言っても過言ではなく、両者には強いつながりがあったのです。チャーチルが結婚した際にも、ポルロジェの1895年産を9ケース、ハーフサイズを7ケース、1900年産ハーフサイズを4ケース注文した記録が残っています。

 そして1975年には、チャーチルに捧げる特別なポルロジェ「サー・ウィンストン・チャーチル」が発表されました。その味わいは、元首相を魅了したエレガントな口当たり、そしてアロマを際立てた繊細な味わいに仕上がっています。

チャーチルに捧げられた特別なポルロジェ「サー・ウィンストン・チャーチル」。ラベルは海軍出身のチャーチルにちなみ、濃紺とえんじであしらわれている。『高いワイン』(ダイヤモンド社)より抜粋