辻谷 2年も3年も苦労しても、まともな製品ができないので、今までオリンピックで使われたことがある砲丸を、7ヵ国からひとつずつ取り寄せて、いったいどんな材質で作っているのか調べるつもりで、全部二つにカットしたんです。そうしたら、中に鉛が詰まっているものだとか、中が空洞になっているものだとか、そういうものばっかりでした。やはり目方が合わないから、中を削ったり鉛を詰めたりして、作っていたんですね。

 そういう細工をすると今度は削ったところに、蓋をしないとならない。となると蓋の材質と鋳物の材質が違っちゃいますから、色を塗らないと「あれ?これは」って、選手にわかっちゃう。きちんと下塗りをして、上塗りを焼付け塗装でやれば、手を加えた跡はわかりません。そうすると、余計に砲丸の重心の位置が狂っちゃう。それで僕は絶対に色は塗らないで納品しようと決めたんですけれど、鉄の色が飛びそうに見えなかったのかもしれません(笑)。

ソウルの経験は「スポーツで言えば完敗」と、辻谷振り返るが、次に考え出したのが筋入りの砲丸だった。これは砲丸の表面に深さ20分の1ミリほどのごく浅い筋を刻んだものだ。ヒントは人間の掌紋だった。掌紋と筋がぴったりと馴染んで、とても投げやすいのだ。

辻谷 (1992年の)スペインのバルセロナ・オリンピックにこれを提供しました。ところが、練習用のサブグラウンドに置いてあった16個の砲丸が、全部紛失してしまった。選手がこっそりもって帰ちゃったんですね。それで慌ててまたこしらえて、成田まで運んだんですよ。それで競技には間に合ったんですけども、オリンピックが終わったら、追加した16個も全部紛失した(笑)。

 内心やったと思いましたね。頼みもしないのに世界中の選手が、僕の砲丸をばら撒いてくれた。そうすると自分の練習でも使うし、それこそ仲間もたくさんいるので、クチコミでうちの砲丸の評判が広がりますから。