アラヤ(本社:東京都目黒区)は新興の翻訳会社である。同社が主に手掛けるのは、工業製品の操作マニュアルやカタログ、広報・IRの文書といった「産業翻訳」「ビジネス翻訳」の分野だ。社長の中嶌重富氏が、同社を設立したのが2004年4月だから、社歴はまだ10年にも満たない。にもかかわらず、2010年度(12月決算)の売上は14億5000万億円、最終利益は2000万円をあげた。今2011年度の売上は16億円を見込んでいる。中嶌氏がアラヤを起業したのは、56歳のとき。サラリーマンでいえば、無事会社を勤めあげ、定年まであと数年という時だ。なぜ、敢えて起業というリスクの海に乗り出したのか。
それは勤めていた会社が
買収されたことに始まった
中嶌社長:私は1966年に高校を卒業して三井銀行(現三井住友銀行)に入り、41歳のときに、銀行の取引先であったID社という翻訳会社にスカウトされました。それが1989年の8月1日。それから退職する2004年の2月まで、その会社にお世話になりました。
それで、なぜ会社を興したかというと、実はそのスカウトされた会社が売却されてしまったからです。その会社のオーナーさんは女性だったのですが、もう60歳も過ぎて体力も相当厳しいというというのが、その理由でした。
私は14年も勤めており、会社を買った新しいオーナーさんにしてみると、「ノウハウだけは置いていってもらって、できれば早く辞めてほしい。あなたの給料も高いし」というのがあったのかもしれません。いずれにしても、そういった雰囲気がありましたので、売却されてからほぼ1年半後に、ある程度ノウハウを伝えて、退職することにしました。