クルマとWi-Fi。それは一見ありえない組み合わせだ。なにせ運転中の携帯通話は御法度だし、ましてやネットサーフィンなど思いもよらない。電車やバスなら資料をじっくり読むこともできるが、クルマじゃ着信メールを信号待ちで慌ただしくスクロールするのがせいぜいだ。
だがそれは、あくまで走っている時のこと。クルマには駐車という“静”の時間もついて回る。外回りのビジネスマンなど、目的地に早めについてアポイントまでの時間を車内で過ごしている人も実際に多い。そんな時、クルマは冷暖房完備の個室に早変わりする。しかも、シガーソケットからAC電源を取ることも可能だ。そう、視点を変えれば、クルマは隠れたノマドスポットなのだ。
そこに着目したのが、株式会社ファイバーゲートだ。公衆無線LANサービスWi-Fi Nexを提供する同社が、東日本大震災後に新たな営業先としてコインパーキングに着目したことで、無料でWi-Fiを使える駐車場が、都内近郊を中心に増えつつある。
「駐車場に停めた車の中で仕事をするビジネスマンもいますが、通信環境が整っておらず、メールやネットは使っていないという方もいらっしゃいます。そうした事実から、無線LAN環境が整っている駐車場のニーズは確実に存在すると考えました」(同社セールスエンジニア部次長 今川茂範氏)
ノートパソコンやスマートフォンを持ち歩き、移動の合間にWi-Fiスポットの喫茶店やファストフード店でネットやメールを利用しているビジネスマンは数多い。しかしそうした飲食代は営業経費として処理できずに、“持ち出し”になってしまうケースも多いだろう。一回数百円でも、度重なればそれなりの金額になる。駐車料金であれば、経費精算もやりやすいだろう、というのが同社の着眼点だ。Wi-Fiスポットのあるお店までわざわざクルマで移動する時間も馬鹿にはならないから、キビキビ動きたいビジネスマンにとって、どのみち使う駐車場でひと通りの用が済むというのは大きな利点だ。
また、Wi-Fi Nexの導入は、コインパーキング事業者にとってもメリットが大きい。安価で設置できるうえに、利用者の駐車時間が長くなることも期待できるからだ。具体的には、監視カメラ用の光回線をそのまま利用するため新たな設置工事の必要がなく、初期費用5000円程度、月額3000円程度で維持できる。たったそれだけで、いつもはよそにクルマを駐めていた人が使ってくれるようになり、稼働率が上がれば費用対効果は大きい。
「コインパーキングは他社との差別化がしにくい業界ですので、付加価値を高め、リピーター確保をしたいとの希望が多いです。また弊社で用意するウェルカムページでの利用者へのPR広告も喜ばれております」(同社 今川茂範氏)
ただ気になるのは、携帯電話の通信キャリアや、コンビニが提供するWi-Fiスポットが増えてきたことで、他にも選択肢はあるということだ。現にソフトバンクやauのWi-Fiは、繁華街ならかなりの確率でスポットがあるし、クルマで利用するとなれば、買い物ついでにサクッとつなげるコンビニWi-Fiスポットの魅力は大きい。それらと比べてのWi-Fi Nexの利点はどこにあるのだろう。
まず通信キャリア系Wi-Fiスポットは、速度の遅さが最大のネックだ。現状では自社ユーザーのトラフィックを逃がすために設置数を増やすことが急務という事情から、バックホール回線にWiMAXや3Gが使われていることも多く、それが遅さの一因にもなっている。いっぽうWi-Fi Nexは、すでに述べたように光回線を利用するため、その差は顕著だ。また、キャリアフリーであることも、利用者には大きな利点だ。
コンビニWi-Fiスポットは利用者像が丸かぶりとも思えるが、「あまり長居されては困る」という設置者側の事情が大きく異なる。そのためもあってか、LAWSON Wi-Fiは現状スマホでしか使えず、接続には専用アプリが必要となっている。また、セブンイレブンのセブンスポットは、パソコンやゲーム機器でも使えるものの、使えるのは1日につき3回まで、1回につき最大60分という制約が設けられている。買い物ついでの短時間の利用ならコンビニWi-Fi、じっくり腰を据えて使うなら駐車場Wi-Fiと、望ましい利用形態に応じた差別化はすでになされているのだ。
そんなWi-Fi Nexは、名古屋市など首都圏以外にも設置例が広がっている。クルマへの依存度が高く、公衆無線LANスポットがまだ行き渡っていないところもある地方都市でこそ、コインパーキングWi-Fiは求められるサービスと言えるだろう。今後の展開に期待したい。
(待兼音二郎/5時から作家塾(R))