ヒステリックな
中小企業擁護論は無意味

 たかが数ヵ月間の優遇策にもかかわらず、これだけの数の事業者が「小さい企業」になることを選択したのである。ならば、1964年から続いていた「中小企業救済法」によって、全国で凄まじい数の中小企業が「成長」と「賃上げ」に背を向けたということも、推して知るべしではないか。

 アトキンソン氏は、日本が生産性を向上させるには、中小企業がこのような「1964年体制」から脱却して、「成長」を目指していくしかないと述べている。それはつまり、小さな規模の会社が成長するか、統合して規模を大きくすることで、従業員の賃金を上げていくということである。

 というと、「成長できない企業で働いている者は死ねということか」「生産性の低い中小企業は存続する価値がないということか」とヒステリックな方向に持っていく人たちがいるが、アトキンソン氏の言っていることはそういう類の話ではない。「生産性の低い小さな企業が集約されれば、規模が大きくなって社会全体の生産性が向上される」ということを述べているだけだ。

 そのあたりは、かつてアトキンソン氏が「予言」した、銀行再編からも明らかだ。19の大手銀行が統合や再編を繰り返して3行にまで減ったが、多くの銀行員たちが失業者になったかというと、そうではない。確かに、一時期はそういう人もいたかもしれないが、吸収合併でより大きな銀行に入った人もいれば、異なる業界へと転職をした人もいる。

 統廃合が起きて企業の規模が大きくなるということは、「失業者が増える」ということとイコールではないことを、我々はこれまで何度も目にしてきているのだ。にもかかわらず、いまだに「最低賃金を上げたら日本はおしまいだ」と恐怖ばかりを煽る人がいる。

 そういう根拠のない感情的な経済分析から脱却するためにも、もう一度、改めて「1964年」に始まった中小企業優遇策が日本経済に何をもたらしたのか、再検証が必要なのではないか。