なぜ、百済の人たちは
日本に仏教を伝えたのか?

 と考えていくと、なぜ、朝鮮半島にあった百済(くだら、4世紀前半頃−660)が、日本に気前よく仏教という最新の技術体系を教えてくれたのだろう? という疑問が起こりませんか。

 百済の人はいい人ばかりだったということも考えられますが、普通に考えたら、そんなことはありえない。

 昔も今も、国は違えど、タダで教えてしまっては損だという計算高い人はたくさんいます。

 これは、日本に仏教が伝来した「538年」という年号を見るだけでわかる。

 百済は、2回、首都を移しています。

 1回目は高句麗(こうくり、BC1世紀頃−668)に、2回目は新羅(しらぎ、BC57−935)に攻められたからです。

 2回目に首都を移したのが、あの「538年」です。

 国が滅ぶかどうかわからないときに、「仏教というありがたいものを日本に教えてあげるから、日本から百済へ兵隊を送ってよ」というのが本当のところなのかもしれないと僕は思っています。

 過去の僕の『哲学と宗教全史』全連載は「連載バックナンバー」にありますので、ぜひご覧いただき、楽しんでいただけたらと思います。