その理由としては、一見あらゆる省庁の全ての政策が、ほぼ網羅されているように見えるが、よく読んでみると、総論部分で分析された現状認識との結びつきが弱く、且つ重要な項目が漏れており、また、政策間の価値の序列が明確ではないことがあげられよう。

 例えば、総論ではわが国の直面する課題として、真っ先に少子高齢化が取り上げられていたが、そうであるなら、具体策の筆頭には、必死で人口を増やす政策があげられるはずではないか。何故、シラク3原則をわが国も踏襲して、フランスのように出生率を向上させると堂々と宣言しないのか。また、居場所と出番の項では、女性の活躍について真っ先に触れられていたが、そうであるなら、なぜクオーター制を取り上げないのか。

 このように、日本再生戦略(案)は、総論は総論、各論は各論と、従来の政策の延長線上に分けて、きれいに作文がなされており、大きな決断や重要な価値判断を伴う政策を巧妙に避けて通っているので、総論から各論へと読み進めていくに従い、興趣がわかなくなるのだ。もっとも、これは官僚の責任ではなく、大きな方向性を指し示せない政治家の責任であるのだろう。

見えてこない
具体的な施策

 同様に、日本再生戦略(案)は、いたるところで、2020年度までの平均で、名目3%程度、実質2%程度の成長を達成したいと述べているが、成長=人口×生産性であるから、労働人口をどうやって増加させるのか、また、どうやって生産性を向上させるのか、という重点施策が、価値の序列としては常識的にも優先されるはずだが、それも一向に見えてこない。

 とりわけ生産性の向上は、ドイツのシュレーダー政権のアジェンダが示したように、イノベーションよりも、むしろ労働の流動性を高めることが一番の特効薬である。ゾンビ企業から新しい企業に労働力が次々と移っていかない限り、国全体の生産性は上がらないのだ。このような重要な施策が正面から取り上げられていないのは、摩訶不思議という他はない。