ソースネクストは「Evernote」「Dropbox」などのクラウド商品をなぜ箱に入れて家電量販店で売ったのか? しかし結果は大ヒット! その秘密に迫ります。
まさか!と業界内外で仰天されたパッケージの一つが、2010年に出した「Evernote」のパッケージ版です。「Evernote」はもともとクラウドサービスですが、ソースネクストはこれをパッケージ化して箱に入れ、量販店で売り出したのです。
今でも覚えていますが、きっかけは若い社員の一言でした。今はどんなものが流行っているのか、と尋ねて返ってきた答えが「Evernote」でした。「クラウドサービスで、ものすごく便利」と言うわけです。
無料でダウンロードした「Evernote」を、プレミアム版にするためのクーポンコードを箱に入れて販売しました。箱に入れて販売する必要性はないのですが、あえて箱にして販売しました。なぜかといえば、このほうが店頭で目立ち、それに気づいたお客さまが手にとって買ってくれると思ったからです。
ヒントは、2003年に大ヒットした「いきなりPDF」という製品でした。PDFがすぐに作成できるソフトで、競合の商品が3万円以上していた頃に1980円で発売し、驚異的に売れました。
実はPDFに関しては、すでに操作方法などを解説する書籍がたくさん出ていたのですが、その値段はだいだい1500~1800円でソフトウェアも入っていませんでした。そこで、お客さまは書籍と比べて、実際にPDFを作って勉強できる1980円のソフトを買っている、ということが寄せられてきた声からわかりました。とりわけ中高年以上には、そういう買い方があるのです。
このときも、「Evernote」に関して、すでに多くの解説書が出ていました。しかし、本を読むだけではピンときません。これが、「いきなりPDF」のときのように、「Evernote」のプレミアムバージョンそのものが店頭で売られていたので、お客さまも「使いながら勉強しよう、そのほうが習得は早いのではないか」と考えたのでしょう。
しかも、インターネットでプレミアムサービスを買っても、対面でサポートは受けられません。ところが、量販店で買えば、対面でいろいろと尋ねることができます。パッケージソフトを買っていた人たちは、今までずっと箱で買ってきたため、箱で買えることに大きな安心感があるのです。
「Evernote」も、なんだか話題になっているみたいだし、やってみたいなあ、と思っていたときに、量販店に行くと箱に入って目立って売っているのを見つけた。なんだ、ソースネクストが出しているんじゃないか。それならちょっと買ってみよう、という流れだったのだと思います。
こうして、「Evernote」は当社のヒット製品になりました。
ビジネスパートナーにリスクを取らせない
「Dropbox」も当時から大人気のクラウドサービスでした。今回も、「Evernote」のときのように、箱にすれば間違いなく売れると思い、実際に大ヒットしました。
「Evernote」も「Dropbox」も、クラウドサービスの会社にしてみれば、「箱に入れてパッケージにして売る」という発想は、想像もつかなかったことだと思います。
私は「Evernote」の販売権を交渉するにあたって、アメリカの本社に3日連続で行きました。
先方が納得したポイントは、日本でソフトがどんなふうに売れてきたか、という点でした。日本でブランドを築くには量販店の店頭が有効である、とアピールしたのです。もとより私たちは、日本で最もパソコンソフトを売っていた会社ですから、自信もありました。
しかも、箱はすべてソースネクストが作り、北海道から沖縄までパッケージを並べるコストもすべてソースネクストが負担する、という先方のリスクがゼロのビジネスモデルを提示しました。
私の事前の算段として、仮に売れても箱代のコストもあって大きな利益にはならない、と考えていました。それでもやろうと決めたのは、ソースネクストらしい斬新でユニークなビジネスだったからです。
実際、クラウドサービスをパッケージで売るという取り組みはニュースになり、大きな驚きを持って受け止められました。たくさんのメディアに取り上げられ、人々の知るところとなり、これが売れ行きを後押ししました。そして、ソースネクストがクラウド時代にも、きちんと対応して踏み出しているということもアピールできました。
「Dropbox」を出した2013年あたりから、ソースネクストのイメージが少しずつ変化していきます。流れが変わり始めたのです。また、私がその頃シリコンバレーに移住したことで、業界の潮流変化をとらえ、強く推し進めていくことができました。
このとき、クラウド系のビジネスに取り組むにあたって、「Evernote」と「Dropbox」の販売権を持っている効果は絶対で、これらの日本での販売を手がけた会社だと言うと、日本に進出を考えているクラウドサービスの会社がどんどん当社にアプローチしてくれるようになったのです。
最もカギとなる会社を押さえていたので、箱を見せながら、「こうやって売ります」と説明すればよいだけでした。2社の成功を、よく知っていたからです。自分たちも彼らのようになりたい、と。
この風変わりな取り組みは、アメリカでも知られるところとなったのです。
松田憲幸(まつだ・のりゆき)
ソースネクスト株式会社代表取締役社長
大阪府立大学工学部数理工学科卒。日本アイ・ビー・エム株式会社のシステムエンジニアを経て、1996年に株式会社ソース(現ソースネクスト株式会社)を創業。2006年12月に東証マザーズ、2008年6月に東証第一部に上場。ソースネクストは約50カ国で働きがいに関する調査を行うGreat Place to Workによる2019年版日本における「働きがいのある会社」ランキング(従業員100~999人)で12位と5年連続でベストカンパニーに選出されたほか、東洋経済オンライン「初任給が高い会社ランキング」(2017年)で第7位にランクイン。2012年より米国シリコンバレー在住、日本と行き来し経営にあたる。兵庫県出身。新経済連盟理事。
【関連書籍のご案内】
『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』
著者:松田憲幸(ソースネクスト株式会社社長)
2020年1月9日(木)夜10時~テレビ東京系列「カンブリア宮殿」出演!
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「特打」「驚速」などパソコンソフト累計5000万本、
初の翻訳機「ポケトーク」でシェア95%を実現した
【常識破りの、全ノウハウ】とは?
ソースネクストの創業は23年前。システムエンジニアだった松田社長は、それまで経験のない店頭販売や価格交渉を実戦で鍛えつつ、お客さまの「面白さ」「煩わしさ」をヒントにユニークな製品をつぎつぎ発売してきました。本書では、具体的な製品を挙げながら、それら製品や売り方の着想プロセスを語りつくします!
◆買ってしまう、欲しくなる「売り」の作り方
◆「特打」「驚速」「ポケトーク」などネーミングの秘密
◆明石家さんまさんCM出演の裏側
◆カッコ良すぎると売れない不思議
◆みずから店頭に立つと見えてくる売れる真実
◆ウイルス対策ソフトの更新料をゼロにできる理由
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<反響続々!>
・紀伊國屋書店新宿本店 「社会」ジャンル第1位!(2019年12月16~12月22日)
・三省堂書店有楽町店 ビジネス書ランキング第1位!(2019年12月30日~1月5日)
・丸善日本橋店 ビジネス書ランキング第3位!(2019年12月26日~12月31日)
《著者より》
本書は、さまざまな紆余曲折の中で、私たちの生き残りにつながったユニークな製品や仕組みを、どのように考えて作りあげてきたのか、振り返ってまとめました。これからの厳しいビジネス競争をみなさまが生き抜く何かのヒントになれば、と願っています。ただし、これがヒントといえるか心もとない……というのも本音で、私たちが少し変わった会社である(とよく言われる)ことも事実です。こだわることと、とらわれないことのバランスが一風変わっていた、とでもいいましょうか。
たとえば、社長である私自身が、量販店の売り場に立って販売するのは、当社では当たり前でした。むしろ私は、喜んで店頭に立っていたのです。2019年も店頭に立って販売してきました。量販店の法被(はっぴ)を着て立ち、ポケトークの売れ行きについて、お客さまの生の声をうかがうためです。そんな「売れる」現場を大事にしてきたのと同時に、私が強烈にこだわってきたのは、パッケージやネーミングでした。同業他社は開発に鎬(しのぎ)を削っていましたが、お客さまから選んでもらうポイントはまず中身よりも「見た目」にある、と考えたからです。このため、ネーミングやパッケージデザインを担うデザイナーを、創業当初に役員待遇で迎えました。
また、ソフトの世界では、家電量販店等の小売店に製品を置いてもらうときは卸を通すのが常識ですが、私たちはもう15年も前に、卸を離れて小売店との直接取引に踏み出しました。卸を通すと、売り場を自分たちで思うように演出できないうえ、実売データも入ってこないからです。こんなことをした会社は後にも先にも、なんと今この時代ですら、パソコンソフト業界では私たちしかいません。
価格にもこだわりました。パソコンソフトは数千~1万円するのが当たり前だった時代に、それではユーザーは増えないし、販売ルートも限られる、と考えて、価格を一気に下げました。1980円に統一してしまったときには、業界から罵詈雑言(ばりぞうごん)も浴びせられました。それでもひるまず、このとき一気に100タイトルを世に送り出し、多くのお客さまからの支持を得て、同時に競合を完全に振り切ったのでした。
このほか、会社の倒産の危機をからくも脱した直後の2012年からは、社長である私がアメリカのシリコンバレーに移住しています。日本に本社があるのに、社長みずからがアメリカに移住してしまったことで、これまた驚かれました。しかし、この選択は大正解でした。
現地でのすばやい交渉が奏功し、「Dropbox」や「Evernote」などのいわゆるクラウド製品の日本語版販売の権利を取得でき、それも日本式に量販店でパッケージとして売り出したことで大ヒットしました。クラウド製品をダウンロードするのではなく、量販店で手に取りながら、アフターサービスも保証されるパッケージとして売ったことが、業界の、そしてお客さまの度肝を抜くことになったのでした。
こうした取り組みでは、それぞれに学びがありました。そして今、これらすべての経験や仕組みが揃ったおかげで、ソフトウェア会社だった我々が、冒頭紹介したとおり、ハードウェアであるポケトークを大々的に展開することもできています。長年かけて、一つひとつジグソーパズルのピースをはめてきて、すべてそろった感覚に近いかもしれません。さらに、2019年12月には、「ポケトークS」という大きくバージョンアップした次号機を発売します。まさに、人類史上最高の翻訳機です。もちろん、今がゴールではなく、新たなスタート地点に立ったばかり。拙著『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』を通じて、私たちが体験してきた経験や教訓が、ビジネスパーソンのみなさまのほんの少しでもお役に立てたら幸いです。