12月20日、東京メトロ千代田線が開業50周年を迎える。千代田線の歴史を考えると、東京の地下鉄整備の考え方がよくわかる。そして、時代の最新鋭コンセプトの車両を取り入れるなど、先進的な路線でもある。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

千代田線「以前」と「以後」で
性格が異なる東京の地下鉄

千代田線6000系車両
千代田線の6000系車両は「20年後も陳腐化しない」ことを目指して開発された Photo:PIXTA

 東京メトロ千代田線は今週、1969年12月20日の北千住~大手町間開業から50周年を迎える。この50年という数字は、千代田線にとって記念すべき節目であると同時に、実は地下鉄の歴史においても大きな意味を持つものでもある。

 というのも、東京の通勤問題を解決するために、日本で初めて科学的調査に基づいて鉄道整備の方向性を検討した「東京市内外交通調査会」が、地下鉄5路線の建設を軸とする最終報告を発表したのが、ちょうど100年前の1919年だったからである。

 その背景には、第一次世界大戦の好景気に沸いた東京が、その都市圏と人口を一気に拡大させたことが挙げられる。郊外から都心に通う「サラリーマン」が増加し、通勤ラッシュが起こり始めたこの頃、通勤の主役は路面電車から高速鉄道(山手線や地下鉄)へと移り始めたのであった。

 地下鉄の歴史が100年、千代田線の歴史が50年ということは、つまり千代田線は日本の地下鉄における中間点なのである。やや唐突に聞こえるかもしれないが、根拠のない話ではない。千代田線は東京で7番目に開業した路線である。前には銀座線、丸ノ内線、都営浅草線、日比谷線、東西線、都営三田線の6路線、後ろには有楽町線、半蔵門線、都営新宿線、南北線、都営大江戸線、副都心線の6路線。確かに真ん中だ。

 千代田線を境に地下鉄の在り方が変わったことも、路線構想の変遷から説明できる。千代田線より先に作られた6路線は、1919年の地下鉄整備構想をルーツとするオリジナルの路線網である。一方、千代田線以降の路線は、戦後に東京圏の人口が一段と増加したことを受けて、1962年から1972年にかけて追加された路線であるからだ。

 オリジナルの路線網が、歴史あるターミナル駅と都心を結ぶために作られたのに対し、千代田線以降の路線は、それらをサポートするバイパスの役割を担っている。北千住は千代田線と日比谷線が、池袋は有楽町線と丸ノ内線が、新宿は都営新宿線と丸ノ内線が、そして渋谷は半蔵門線と銀座線が、お互いにカバーしながら輸送力を補っているのである。その中で最初に開業した路線が千代田線だ。