ヨーロッパ王者に加えて世界一のタイトルを獲得したばかりのイングランド・プレミアリーグの名門、リバプールFCへ移籍した日本代表MF南野拓実が、合流から5日目でさっそくデビューを果たした。エバートンとのFAカップ3回戦から幕を開けたビッグクラブにおける新たな、そして最大の挑戦を手繰り寄せた背景には、5年前に流した「涙」とオーストリアで積み重ねた「我慢」、そして昨秋に世界中へ与えた「衝撃」という3つのキーワードがあった。(ノンフィクションライター 藤江直人)
鮮やかなステップアップで
リバプールへ移籍するまでの軌跡
クラブカラーの赤でスタンドを染める熱狂的なサポーターの大声援が、ヨーロッパ王者・リバプールFCの選手たちを鼓舞し、同時に対戦チームを畏怖させる。鳥肌が立つ雰囲気に支配されることで知られる聖地アンフィールドのピッチで、南野拓実は3カ月あまりの間に2度も躍動した。
最初は昨年10月2日。オーストリア王者レッドブル・ザルツブルクの一員としてヨーロッパ最高峰の舞台、UEFAチャンピオンズリーグへ挑んだ。そして、95日後の今月5日。背番号は「18」のままで赤いユニフォームに身を包んで世界最古のカップ戦、FAカップの舞台に立った。
ヨーロッパの中でもセカンドグループに入るオーストリアのクラブから、昨シーズンのUEFAチャンピオンズリーグを制し、昨年末のFIFAクラブワールドカップでも頂点に立ったイングランド・プレミアリーグの名門へ。ほんのわずかな間に、南野は鮮やかなステップアップを成就させた。
ガンバ大阪からアーセナルへ移籍した稲本潤一をはじめ、マンチェスター・ユナイテッド入りした香川真司、ACミランで「10番」を背負った本田圭佑――イングランド、スペイン、ドイツ、イタリアの4大リーグの中でも、いわゆるビッグクラブへ移籍した日本人選手の例はこれまでにもあった。
昨夏にも久保建英がレアル・マドリード、安部裕葵がFCバルセロナとスペインの名門クラブへ旅立った。しかし、直近のチャンピオンズリーグおよびクラブワールドカップを制した、圧倒的な強さをも兼ね備えたビッグクラブに移籍した選手は、南野の前には一人しかいない。
FC東京からイタリア・セリエAのチェゼーナを経て、2011年1月に同じくセリエAのインテル・ミラノの一員になった長友佑都は、ビッグクラブでプレーする価値をこう表現する。
「サバンナにいる動物とそのへんの山にいる動物とでは、研ぎ澄まされ方がまったく違いますよね。常に狙われ続ける厳しい環境で育つ動物と、普通に寝ていても襲われない動物とでは。僕ら人間も動物なので同じなのかな、と。やっぱりインテンシティーが高い、厳しいリーグでプレーしないと」
インテンシティーとはプレーひとつひとつの強度を指す。世界中から猛者たちが集まってくるプレミアリーグの首位を、無敗で独走しているリバプールは最も過酷なサバンナと言っていい。弱肉強食の世界へすすんで身を投じた南野は、5年前には涙ながらに日本からの旅立ちを訴えていた。