カルロス・ゴーン前日産会長の日本からの脱出は、コンサート機材輸送用の大きな黒い箱で著名人がひそかに移動した初めての事例ではない。
米ポップスターのプリンスは1980年代、「ラブセクシーツアー」の際に特注の輸送ケースの中に隠れ、何も知らないファンの前を通り過ぎてステージまで移動していた。
アンビルケースやフライトケースとも呼ばれる丈夫な機材箱は、音楽やライブ劇場関係者の間では演者と同じくらいよく知られており、あらゆる種類の楽器や音響・照明機器、アンプ、ケーブル、コネクターを運ぶのに使用されている。ただし、運搬しないものもある。
「それらは通常、人間という荷物の密輸には使用されていない」。そのような機材ケースを初めて製造した米アンビルを傘下に持つカルゾーンの創業者ジョー・カルゾーン氏はこう話す。
身長約174センチのゴーン被告は、空気用の穴が床に空いた121センチ x 76センチ x 70センチのシンプルな機材ケースに潜んでいたとみられている。カルゾーン氏は、同社製のものではないようだと述べた。
プリンスの特注ケースは152センチ x 152センチ x 76センチの大きさで、中に座席や空調、照明、ファンが付いた精巧なものだった。
身長約162センチのプリンスはセットが始まる約15分前に箱に入って観客の間を通り抜け、円形の観客席の中央に設置されたステージの下に移動。フォード「サンダーバード」の白いレプリカに乗り、ステージに登場していた。
ミュージシャンのステータスシンボル
ゴーン被告は先月、東京から大阪まで約500キロを新幹線で移動したあと、黒い機材ケースに入った。そのまま空港内を通ってプライベートジェットに運び込まれ、トルコ・イスタンブールへ飛行。そこからレバノンへ飛び、ベイルートにあるピンク色の邸宅に身を潜めた。
「その元日産の男がしたことを褒める気はないが、クリエーティブな人がいたのは確かだ」。ラブセクシーツアーを含め、プリンスのクルー責任者を約7年務めたマット・ラーソン氏はこう話した。
機材ケースはATAケースとも呼ばれている。ATAは米航空団体の設定した製造規格を指し、貨物取り扱いスタッフの乱暴な扱いにも耐え得ることを意味する。丈夫で積み重ねることができ、ツアー会社やライブ制作会社の慎重な扱いを要する荷物を保護するために作られている。
アンビルケースは年を経てロックバンドのステータスシンボルとなり、傷が多いほど良いとされるようになった。1971年、米ロックバンド、オールマン・ブラザーズ・バンドは、ライブアルバム「フィルモア・イースト・ライヴ」のジャケットに、山積みになった機材ケースにメンバーがもたれかかる写真を使用した。
30年後、「ロードケーシーズ」という機材ケースをテーマにした曲まで作られた。この曲を作った米ロックバンド、ドライブ・バイ・トラッカーズのパターソン・フッド氏は、機材ケースはミュージシャンにとって成功の証しであり、保護する価値のある機材を持っていることを示すものだと説明した。