昭和の時代、エイズパニックで
風評やデマが飛び交った

 当時、エイズにはさまざまな憶測、風評、デマが飛び交っていた。有名なのは、1987年の神戸のエイズパニックだ。国内で初めて女性のエイズ患者が出て、どういう経路で感染をしたのかわからないということから、神戸市に相談が殺到。不安からノイローゼになって自殺する人まであらわれるなど大混乱を招いたのだ。

 優れたフィクションほど現実に基づいている。そのような意味では、「伝染病パニック」のさなかにつくられた「AKIRA」に「WHO、感染対策を非難」という記述があるのは極めて自然な話なのだ。

 つまり、「AKIRAの予言」の正体とは、60〜80年代の日本が抱えていた様々な社会問題をSF的にリメイクしたものなのである。

 では、なぜ昭和の社会問題を描いた「AKIRA」が、令和の現代に寸分の狂いもなく当てはまるのか?それは、我々の社会の基本的な構造は、令和になった今も「昭和」からそれほど大きく変わっていないからだ。

 そのあたりこそ「AKIRA」を見ればわかる。例えば、物語のしょっぱな、本編の主人公である暴走族のリーダー、金田たちが職業訓練校で一列にならばされ、教師からお説教を受ける。そこで、アントニオ猪木さんをイメージしたであろう、「アゴ」と呼ばれる体育教師が現れ、「指導ォ!」と一発ずつ殴られていくというシーンがある。40~50代の人ならば一度は経験がある、昭和の教師の「愛のムチ」だ。

 では、これが令和日本で行われていないかというとそんなことはない。体罰教師や部活の暴力指導は今も定期的に報じられているし、子供の虐待数も右肩上がり。大人の言うことを聞かない悪い子は、ブン殴ってよしというのは、いまだに日本式教育のスタンダードとなっている。

 つまり、「2019年の日本社会」と、大友氏が「昭和」をベースにして描いた「2019年のネオ東京」は、鏡に写したように瓜二つなのだ。