「2ちゃんねる」「ニコニコ動画」などを手掛け、いまも英語圏最大の匿名掲示板「4chan」や新サービス「ペンギン村」の管理人を続けるひろゆき氏。
4万部を突破した新刊1%の努力』では、そこに至る根っこの部分を掘り下げ、いかに彼が今の立ち位置を築き上げてきたのかを明らかに語った。

「努力はしてこなかったが、僕は食いっぱぐれているわけではない。
 つまり、『1%の努力』はしてきたわけだ」
「世の中、努力信仰で蔓延している。それを企業のトップが平気で口にする。
 ムダな努力は、不幸な人を増やしかねないので、あまりよくない。
 そんな思いから、この企画がはじまった」(本書内容より)

今回は、「自身のポジション取り」について語る――

人が人を選ぶときに考えていること

いつどんな時代でも、人が人を選ぶ。
いくらこれからはAI時代と言われようと、その事実は変えようがない。

ひろゆき氏(撮影:榊智朗)

人が人を選ぶときの基準は、なんだと思うだろうか。
「客観的な優秀さを持っている」
「圧倒的な実力がある」
など、いくつか理由は思い浮かぶだろう。
けれど、ここでズレが生じている。
どうもみんな、履歴書に「何が書けるか」を考えすぎている。だから、資格産業や英会話教材は無くならないのだろう。

人が選ぶ基準は、優秀さではない。

「おもしろいかどうか」だ。

おもしろければ、一緒に仕事していて楽しい。
優秀かどうかは、実際に仕事をしてみないとわからない。前の会社では優秀だったとしても、他の会社では合わないこともある。

しかし、おもしろい人が急におもしろくなくなることはあまりない。
おもしろくない人がおもしろくなる瞬間は、たまに起こる。問題を起こした後に、突然、吹っ切れたりする芸能人や元政治家を見ているとわかるだろう。

採用してみて無能だったとしても、明るくておもしろければ全員が納得できる。
じゃあ、どんな人が「おもしろい」かというと、言語化するのが難しいのだが、「変わっている」と言い換えたほうが近いかもしれない。
1つ質問したことに、当たり前の返しをするのではなく、ちょっと想定と違った返しができる人と言ったらいいだろうか。

ユニークな人が強い

ちなみに、僕は名字がおもしろいだけで採用したこともある。鬼丸さんという名前だった。
別に、関西の芸人さんのようなおもしろさは必要ない。
なんとなく変わっているだけで十分だ。

アメリカの教育で、「ユニークであれ」という方針がある。
他の人と違うところをつくることを推奨するのだ。
日本語でユニークといっても、これもユーモアのイメージに引きずられるかもしれないが違う。
「他とちょっと違う状態になる」というニュアンスだ。
かといって、無理に個性を出そうとして、やりにいってる人はキツかったりするのだが、無個性であるよりはまだマシだ。