家庭や社会からの支配を解かれ
自分らしくいながら安心できる場に

 私たち引きこもりの若者は、家庭や会社の中で、家族や上司による、力による押しつけ、同調圧力、支配を感じて生きてきた。

「自分らしくしたら…」と言われたり、「希望や夢は?」などと、よく聞かれる。しかし、それは、家族や上司の「あるべき姿」「向かう方向」「価値観・ルール」があって、それに従うなら、いい子どもや部下と評価され、その場にいられる。従わないなら、反逆者として、その場から排斥される。それが予測できて、痛いようにわかる感受性の強い子どもや若者が、家庭や会社で、生きるために見捨てられず、排斥されないために、自らをすりへらし、周囲にあわせて、がまんしてきて、人を信じられなくなり、家族や社会から距離を置き、自らを守ろうとする行為・結果が「(社会的)引きこもり」といえるのではないか。

 そんな引きこもり生活から、やっとの思いで出てきた若者に、社会の「あるべき姿」「向かうべき方向」「価値観・ルール」を押しつける支援機関もあり、それに従っている若者もいる反面、社会に失望し、自らを責め、病気になったり、再び引きこもっていったりする若者もいる。

 言いたい事を言っても見捨てられない、自分らしくしても排斥されない、あるがままでいられる、安心していられる、引きこもりを経験したからと言って差別されない、自らの価値観を押し付けるのではなく、じっくり聞いてくれる、親身になってくれる人がいる場が必要だ。

 食べるために集団にあわせ自らを押し殺し働いていれば、右肩上がりの成長、物に囲まれた生活が約束されていた時代から、 自分らしくいる、言いたい事を言う、したいことをするため、つつましい生活を望み、安心できる場や関係を維持するために働く時代へと変化しているのではないか。

 フューチャーセッション参加者は、現状に疑問を持っている未来志向の方が多いように思う。

 これまでの支援者・家族・若者の集まりではなしえなかった、新しい動きが始まろうとしている予感がする。

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