全国人民代表大会(全人代)が閉幕した。
今回の全人代は新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)の影響で約2カ月半延期となり、かつ期間や規模が縮小され、記者会見などもテレビ会議の形式が取られるなど異例の事態となった。しかし、「そんな中でも開幕にこぎつけ、円満に閉幕した事実は、党の権威を維持する上で大きな意味を持っている」(中央政策研究室中堅幹部)といえるだろう。
本稿では、全人代の議題から習近平総書記率いる中国共産党の現在地を検証してみたい。言い換えれば、共産党が自らの正統性を保持する上で不確実性、すなわちリスクと捉え、慎重に管理しようとしている5つの問題についてケーススタディーを試みる。5つとは(1)経済、(2)1つ目の「百年目標」、(3)香港問題、(4)台湾問題、(5)米中関係、である。
(1) 経済
正統性維持のためにプラス成長が標的
共産党の正統性を考える上で必要不可欠なのが経済成長である。本連載では、胡錦濤政権(特にリーマンショック以降)から習近平政権にかけての中国経済にとっての最大の課題が、「成長と改革を同時進行に進めること」だと問題提起してきた。一定程度の成長率を保持し(習政権では「ニューノーマル〈新常態〉」、「高質量発展」などと表現)、雇用創出によって社会の安定を保証しつつ、構造改革を断固として推し進めることで、初めて持続可能な発展は実現するという意味である。
政府を代表して「政府工作報告」を発表した李克強首相(以下敬称略)は、初めて経済成長年間目標を明言しなかった。理由は「グローバルな疫情と経済貿易情勢をめぐる不確実性が大きく、我が国の発展もいくつかの予測が難しい影響、要素に直面しているからである」と説明された。その上で、政府のこのような決定と説明を正当化すべく、李克強は次のように続けた。
「目標を提起しないことは、各方面が集中的に“ 六穏”、 “六保”達成のために働くことに有利になる。“六保”は今年の“六穏”工作の重点である。“六保”というボトムラインを死守することで、経済の基本面を安定させることができる」(“六穏”、“六保”については過去記事『中国全人代がコロナで2カ月半遅れの開幕、指導部が匂わす「妥協」の中身』参照)。
最も重要なことは経済成長率を達成することそのものではなく、雇用やサプライチェーン、対外貿易や投資といった経済活動が安定的に運行される状況を維持するということだろう。
これによって党指導部としては、(1)「2020年度の経済成長目標が達成されなかった」という事態を回避することができる(この点は正統性維持の意味で非常に重要)、(2)各地の政府機関、官僚、そして広範な人民たちに「GDPだけが全てではない。中国経済はもはやGDPを無条件に追いかける段階ではなく、ニューノーマルに入っている」という警鐘を鳴らすことができる。