李文亮医師の死を悼んで、病院の前には花が手向けられていた 李文亮医師の死を悼んで、病院の前には花が手向けられていた  Photo: Anadolu Agency/gettyimages

コロナ禍で高まった
言論の自由への欲求

「私たちが経験したすべてのことが全世界で再現されるなんて2カ月前には想像すらできなかった。より想像できなかったのは、各国政府の新型肺炎への対応がここまでひどいということだ。それらに比べれば、中国の対応は最も良いといえる」

 湖北省出身、軍事系の国有企業に勤める女性(40歳)が、先週末筆者にこう語った。この女性は旧正月(2020年は1月25日)前に湖北省の実家に帰省し、その後新型肺炎の影響を受け、3月末になってようやく勤務先の陝西省西安市に戻ることが許され、現在は職場復帰している。

 ウイルスが武漢市をはじめとする湖北省各地で猛威を振るうなか、地元政府の初動の遅れ、情報の隠蔽、警察の問題提起をした医師らへの口封じなどを目の当たりにした彼女は、2月中旬から下旬にかけて「中国共産党一党支配体制の弊害が直接的に出てしまっている。民衆の党への不満はもう収まらない。言論の自由を与えない限りこの体制は持たない」とまで漏らしていた。

 筆者自身も、民衆が共産党に対して言論の自由を求める世論は感じ取っていた。特に、武漢市中心病院で眼科医を務めていた李文亮氏のケースは特筆に値する。李氏は12月30日、非公開のグループチャットができるアプリWeChatを通じて、約150人が属する武漢大学医学部の同級生を対象に、自身が勤務する病院内で通常とは異なる症状の肺炎患者が出たとして注意を促した。すると、武漢市の警察が李氏の元にやって来て、自らの行為が事実に基づかない発言であること、社会を混乱させる違法行為であったことを認めさせ、二度とそのような行為は行わないこと、警察の要求に従うことなどを誓わせる「訓戒文」に署名と捺印を強要された。

 その後李氏はウイルスに感染し、2月6日夜に死亡した。その後の展開から、李氏の指摘が正しかったこと、そしてそんな正しい指摘をした李氏に警察が不当に訓戒文を強要したことなどが明るみに出ると、6日から7日にかけて、中国のインターネット上では党、政府に対する批判が、局地的ではあるが散見された。

 政府による隠蔽工作、憲法で保証されている言論の自由が踏みにじられている現状、それによってこれだけの多くの患者や死者が生じ、街や交通機関の封鎖などによって日常生活に多大な支障が出ている現状への不満がにじみ出ていた。

 そんなネット世論から圧力を感じたのか、2月7日、国家監察委員会が調査チームを武漢に派遣し、人民が李氏の死亡過程に対して抱く疑問を解消すべく全面的に調査する旨を発表した。3月19日、同委員会は調査結果を発表し、武漢市警察下にある該当派出所による李氏への対処には問題があったこと、担当者、責任者への責任追及と適切な処分を言い渡した。近年まれに見る、党指導部が民意から圧力を感じ対応策を試みた、言い換えれば、世論が政策を動かした一例といえよう。