加えて、「8割おじさん」こと西浦博・北海道大学教授らが考案した「クラスター対策」は、日本の重症者・死者数が少なかったこととは実質的に関係がなかったことになる。また、西浦氏が安倍政権の「司令塔」のように振る舞って訴えた、「死者41万人超」は、そもそも起こるわけがなかったことだということにもなる。

 そして、西浦氏がSNSを使って「三密(密閉、密集、密接)の回避」「人の接触を8割減らす」という国民の意識を変える啓蒙活動を続けたことは、悪いことではないのだろうが、新型コロナウイルスの重傷者・死亡者の抑制とは、実は関係がなかったということにもなるのだ。

日本のコロナ致死率の低さを巡る「集団免疫新説」が政治的破壊力を持つ理由本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されました。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

 新たに政府の諮問委員会に加わった、東京財団政策研究所の小林慶一郎研究主幹ら経済の専門家の発言も同様だ。「経済の停滞を避けるには、財政拡張政策を継続すると同時に、大規模な検査を実施できる能力を確立し、陽性者を隔離して陰性者の不安感を払しょくすることが不可欠である」という主張も、素人の思い付きのレベルで、根拠のないものとして消えていくことになる(第242回・P7)。

 そうなると、そもそも「緊急事態宣言」の発動は必要だったのか、という疑問がわいてくる。また、「全校一斉休校」の決断やその度重なる延長は正しい判断なのか、さまざまな業種に休業を要請し、経済に多大な損壊を負わせたことは正しかったのか、という論点も当然浮上するだろう。さらに、夏の高校野球などイベントの中止などは、果たして妥当な判断だったのか、という疑問にもつながっていく。

 もしも、これらの判断が科学的根拠に基づかないものだと明らかになったら、国民はやり場のない怒りをどこに持っていけばいいのだろうか。

 上久保氏は、がん研究の専門家のようだ。ただし、研究代表者を務めた科学研究助成金の研究課題「革新的免疫スイッチ法による新規腫瘍免疫制御戦略の構築」などのように、免疫学も専門分野の1つとしている。それが今回の研究のベースであるのだろう。ただ、国立感染症研究所を中心とする感染症の学会とは関係がないようだ。あえて言えば、この研究は閉鎖的な学会の秩序を破壊する可能性がありそうだ。

 前回も主張したことだが、新型コロナウイルス対策の立案は、多様な学説を持つ専門家が政策立案に参画して、学説の間での「競争」によって政策案が磨かれ、政府の選択肢も増えるようにする仕組みを持つことが重要だ。学会に従順な専門家だけではだめなのだ(第242回・P4)。

 あくまで、上久保氏らの学説が正しければ、という仮定ではあるが、これほどまでに全方位の「通説」を論理的に破壊し、「政治的な衝撃」を与える「ファクターX」候補は、今のところ他にはみられない。今後の動向を注視していきたい。

訂正 記事初出時より以下のように表現を改めました。 29段落目:抗体依存性免疫増強(ADE)→抗体依存性感染増強(ADE)(2020年6月3日18:27 ダイヤモンド編集部)