若者の無意識のバイアスをうつす
「鏡」としての働かないおじさん問題

「働かないおじさん」を糾弾する声は、糾弾する側の「鏡」でもある。最初に述べた通り、中高年の不活性化を問題たらしめるのは、働きぶりに対する「期待との不一致」だ。中高年を陰でやゆする社員の多くは、「年をとっているのだから、仕事ができるほうが当たり前」「ベテランなのだから皆を引っ張って当たり前」「社歴が長いならハイパフォーマーで当たり前」といった、年齢と期待値を無意識に正比例させるバイアスを持っている。これこそが「出世のチャンスが広く・長く与えられる」日本型雇用が生み出す、年齢差別意識にほかならない。つまり、活躍できないベテラン社員を、「チャンスがあったのに、それを生かさなかった者」として見ようとする視線だ。「働かないおじさん」に毒づく人々にはやはり若年層が多いが、彼ら彼女らを見るとまさしくそうした“日本の伝統的価値観”に染まっているように見えてならない。

「働かないおじさん」について騒ぎ立てる前に、そのことを「鏡」として自分の中のバイアスを見つめ直すべきだ。背景にある雇用構造への理解と想像を広げない限り、自らが年を重ねたとき、同じような隘路(あいろ)にはまり込む可能性がある。

 企業としては、テレワークによって進む「成果の見える化」「プロセスの見えない化」を踏まえ、ギスギスした草の根成果主義ムードが自社にまん延しないような職場へのコミュニケーションが求められている。コロナ禍のこの異常なテレワーク状態によって、職場を壊すタネが日本中にまき散らされてしまわないことを願う。

(パーソル総合研究所 小林祐児)