文春一、真面目な記者を
担当に抜擢する

 それから数カ月後――。

 有名ではありましたが、地方の小さな会社にすぎなかったその会社が、世界的な超有名企業になる事件がありました。こうなると、やはり、この記事は出すべきです。世界的企業になれば、企業内ガバナンスもグローバルスタンダードの視点が必要ですし、実際に社長が社内不倫で秘書と物事を決めているとしたら、社員たちにとっても留飲の下がる記事になるはずです。

 すでに尾行もして、秘書宅から帰る社長の写真などは撮影してあります。そんなにお若くはない秘書ですから、長く仕えた方で、社長への愛情もそういったところから芽生えたのでしょう。寄り添うように社長を見送る姿の写真は、あまり「不倫」への怒りを感じるものではありません。
 
 書いていいものか、指示する側も悩みます。悩んだ末に、編集部で一番生真面目な記者をこの担当にしました。
 
 静かな人で武道の達人のKさん。編集部には疲れたときに寝転がる仮眠用のベッドがありますが、そこにKさんが寝そべって本を読んでいることがままあります。読んでいる本はたいてい哲学書。ベルクソン、オルテガ、そして北一輝。

 彼の世代には流行だった左翼運動に走らず、もっぱら2・26事件の青年将校の研究や、「昭和維新」といわれた右翼活動の嚆矢となった朝日平吾に関する本を収集、読破していました。過去、私と一緒にした仕事も、瀬島龍三についての「参謀の昭和史」「進歩的文化人の犯罪」(保阪正康さん執筆)の取材など、およそ「不倫」とは、かけはなれた記事が多かったのです。

 私はこの記事の担当をKさんにお願いするにあたって、ある青年記者が反対したことも含めて経緯を説明しました。ですから、書いていいと思える記事なら書くべきだし、それは結局、先方の反応次第です。「あなたなら、先方がどんな間柄なのか、わかるでしょう」と言いました。不倫関係を使って、甘い汁を吸っているのか、権力を握っているのか。あるいは、単なる密かな恋なのか。それによって筆致も当然違ってきます。
 
 Kさんは、事情をわかった上で取材に向かってくれました。同行したのは、いつも元気で相手に反論の機会を与えないほど、たたみかける取材が得意なAさん。

 この2人にまかせて、ダメなら書かないでおこう。2人にまかせて相手が否定したら、書く意味はないかもしれない。私自身そう考えて、お願いするような気持ちで送り出しました。