上海の地下鉄延伸に注目
背景に昆山市の強かな戦略
1年ほど前から、筆者は蘇州市を走る地下鉄S1号線の工事に関する情報に注目している。それは、単なる地下鉄の工事の進捗を超えた内容が隠されているからだ。
7年前の2013年、上海地下鉄11号線が上海市と隣接する蘇州市の境を越え、蘇州市管轄下にある昆山市内の花橋鎮という町まで延伸された。距離にして約6キロメートルも伸ばしたことになる。
昆山市は、市としては中国の行政編成ラインにおいて、ランクが一番低い存在であるが、1978年から始まる中国の改革・開放の歴史においては、非常に個性的な自治体としてその存在は広く知られている。
当時、開発区などは中国政府の認可を受けないと、その存在は認められなかった。しかし、開発区になる資格がないにもかかわらず、上海に隣接するという地の利を活かして、上海に投資しようと集まった台湾の中小企業を盛んに誘致した。台湾や日本の中小企業がある程度集まったら、上級政府に当たる蘇州市や、さらに蘇州市の上級機構にあたる江蘇省から、開発区の認可を無理やり勝ち取った。言い換えれば、「デキ婚」という形で既成事実をつくって、上級政府に婚姻を認めさせたということだ。
地下鉄11号線が昆山に線路を伸ばしたことは、上海市と昆山市の行政区分の境目を打破しただけではなく、上海市と蘇州市ないし江蘇省との境界をも越えたということだ。行政区画の境界は、見えない官庁・官僚の壁だ。だから、上海市の地下鉄が隣接の他の市の市内まで伸びたことは、非常にインパクトの大きい出来事なのだ。
当時、私も昆山市政府からの要請を受けて、何度か現地視察を行った。担当幹部は「ほら、ここは蘇州市管轄下の昆山の町だ。しかし、この町に進出した企業も個人も市外局番が021の電話を引けるのだ」といった自慢話も、訪問するたびに聞かされた。
021は上海市の市外局番。つまり、上海市内を走る地下鉄に乗って、行政管轄が別である花橋まで移動しても、021を省略し、気軽に上海市内へ「市内電話」を掛けられるという環境なのだ。昆山市の幹部はこうした環境をつくって、企業と人材を昆山ないし蘇州市内に誘致しようとしたのだ。