インドは、次なる成長を牽引するエンジンであり、ブースターである。
ご存じの通り、インドは、4大古代文明の時代から19世紀半ばまで、中国を中心とする大中華圏、西に隣接するイスラム圏、そして西ヨーロッパ地域を結ぶバウンダリーオブジェクト(境界を融合させるもの)として繁栄した経済大国であり、インド木綿はイギリスに産業革命を引き起こした直接の原因といわれる。このように世界史において独特の役割を果たしてきたが、ムガール帝国の滅亡により、急速に没落していった。
ところが、1991年、不本意ながら100年以上続いた眠りから揺り起こされる。その理由は、保有外貨が払底してデフォルト(債務不履行)寸前となり──インドはそれまで、計画経済と市場経済が同時に存在する混合経済であった──止むにやまれぬ選択として経済の自由化に踏み切ったからだ。
そして2003年、ゴールドマン・サックスが発表した“Dreaming with BRICs: The Path to 2050”という報告書によって、インドは中国に次ぐ「約束の地」として再び注目を集めるようになる。いま振り返ると、この報告書が予測した未来と現在は少々異なるとはいえ、中国とインドは世界経済の一角を占める存在へと飛躍を遂げた。
残念ながら、日本は、国レベルでは歴史的にも長い関係があり、ODA(政府開発援助)等を通じて友好を重ねてきたにもかかわらず、欧米や他の新興諸国と比べると、スズキやホンダなどの有名な前例があるとはいえ、企業レベルでは大きな温度差がある。
2016年に安倍内閣が打ち出した「自由で開かれたインド太平洋戦略」が影響したのか、日本企業のインドへの関心は高まりつつあるようだ。詳しくはインタビューに譲るが、理由はともかく、アメリカ西海岸とほぼ同じ距離にあり、市場としても、技術や事業のパートナーとしても、アメリカや中国に比肩するインドをもはや放っておくことはできない。
アルン・クマール氏は、かつてはタタ財閥で働き、その後渡米し、シリコンバレーで起業家やエンジェルとして活躍した人物で、いまはKPMGインドの会長兼CEOを務めている。クマール氏に、インドの見方、付き合い方、そして日印パートナーシップの未来について聞く。
編集部(以下青文字):オバマ政権で商務長官補佐を務められた後、祖国インドに戻られ、以来、インドの知られざる急成長の現状、限りない将来性について話されています。
クマール(以下略):インドは、人口13億人の巨大市場です。2018年時点でGDP(国内総生産)は世界第7位、ドル建てではフランスやイギリスと同じ水準にあります。また、国際協力銀行(JBIC)によれば、2018年度の中期的有望事業展開国ランキングで第2位です。
2014年に誕生したナレンドラ・モディ政権は、2016年から「スタートアップ・インディア」と称するアクションプランを実施して、起業支援を推進していることもあり、2016年以降、毎年1000社以上のスタートアップが生まれています。
政府はスタートアップ支援のため、1700億円規模のファンドを組成しています。ほかにも、IT系スタートアップには3年間の免税措置があり、また銀行からの融資を促進するために政府系金融機関による信用保証を提供しています。知的財産の取得についても、専門家の派遣や相談に要する費用の大部分を政府が担う制度があります。こうした施策の支えもあって、2018年は投資額が135億ドルと、2016年の3倍の成長を遂げました。
インド国内には、190社以上のインキュベーターやアクセラレーターがおり、アメリカの調査会社CBインサイツによれば、ユニコーン(推定評価額10億ドル以上の未上場企業)企業が19社もあります(2020年1月現在)。これらスタートアップのうち、B2B分野が約5割を占めているのもインドらしい特徴の一つです。
世界からの注目度も高く、アリババとソフトバンクグループはインド最大の電子決済会社ペイティエムや、eコマースプラットフォーム最大手のスナップディールに出資しており、ソフトバンク単体では、タクシー配車アプリ「オラキャブス」を運営するANIテクノロジーズ、世界最大規模のモバイル広告ネットワークを誇るインモビ──登記上の本社はシンガポールになっていますが、創業はベンガルールです──の株主でもあります。
また、中国最大のSNS運営会社、テンセントは、eコマースプラットフォームのフリップカート、ソーシャルアプリケーションのハイクメッセンジャー、デリバリーフードプラットフォームのスウィージーに出資しています。