発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。
近著『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が紹介されています。
働かなくても生活することはできますが、生活せずに働くことはできません。仕事第一の人にとって見逃されがちですが、生活術は、仕事をするうえでのとても重要な「土台」なのです。
この連載では、本書から特別に抜粋し「在宅ワーク」「休息法」「お金の使い方」「食事」「うつとの向き合い方」まで「ラクになった!」「自分の悩みが解像度高く言語化された!」と話題のライフハックと、その背景にある思想に迫ります(イラスト:伊藤ハムスター)。

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「難関資格で一発逆転してやろう」は危ない

 発達障害で仕事がうまくいかず、会社を辞めることになった。二次障害でうつになり、職も失った。そんな状況からの「再起」に最も重要なものとは何か。

 それは「一発逆転マインド」を可能な限り排除することです。

 いや、痛いほどわかります。僕も30歳を過ぎて借金を抱えて無職でうつだったので、「マトモなやり方でこのどん底から出られるのか?」という感覚、もっとハイリスクな一か八かをやらなければいけないのではないかという焦燥感は本当に強かったです。

 大変にお恥ずかしい話をさせていただきますが、当時僕が最初に考えた「再起プラン」は準備運動がてら宅建士資格を取り、その後税理士や弁護士といった難関資格に挑むというものでした。今思うと恐ろしいことを考えたな、という感じがします。本当にやらなくてよかったとしかいいようがありません。そもそも借金を抱えてそんな挑戦をする余裕なんてあるわけもなく、当時自分がなぜそんなことを考えたのか今でも全く思い出せません。ただひたすらに憔悴していた記憶があるばかりです。

 でも、僕は残ったわずかな気力をかき集めて宅建の勉強を始めました。一応それなりの大学も出ているのだし、宅建士資格くらいちょっと勉強すれば取れるだろうと思ったんです。「うつで動けないときにもせめてそれくらいはしたい」。あなたにもこの気持ちは伝わるんじゃないでしょうか。

 その結果は、本当に惨憺(さんたん)たるものでした。しばらく勉強から離れていたこともあるけれど、うつという病気は猛烈に人間の思考力を低下させるところがあります。あのときほど自分は「もうダメだ」と感じたことはありませんでした。

 今思うと、税理士や弁護士などの難関資格を取ろうという僕の判断にはプライドを守りたいという心の働きが強く影響していました。要するに、難しい資格に挑戦している「ガワ」さえつくればプライドは守られるというやつです。僕は、地道な再起の最初の一歩を間違いなく「やりたくなかった」のです。

 結局、僕は宅建の参考書を投げ出して、非正規雇用の不動産営業マンとして人生の再起をスタートすることになりました。しかも、その理由は自発的なものではなく、お世話になっていた人から「そろそろ仕事をしろ、見つけてきたから行け」といわれたから、というなんとも情けない代物です。

下っ端でも働いてみる

 人生の再起においては、ゴールの見えない道に向かって歩き出すことがまずは必要になります。具体的には、「アルバイト、または中小企業の非正規社員、あるいは正社員の新人、つまり一番下っ端の立場から働けるところでもう一度働く」ということです。

 僕自身、非正規雇用の営業マンという立場からもう一度出直すというのは、なかなか辛い決断ではありました。本当に恥ずかしいお話ですが、これは正直にいわなければいけないことです。新卒で働いた職場の1000分の1の規模もない小さい会社の、そのまた一番下っ端から働くというのはやはり精神的にラクなことではありませんでした。

 今思えば、あの職場で働いた日々こそが僕を再起させてくれたことは間違いありません。それでも当時は、新卒で入った会社や、その後の会社経営の日々で培われたある種の傲りのようなもの、そして「この仕事をして自分に未来はあるのか」という無力感はやはり避けがたく発生しました。仕事に貴賤はないし、雇ってもらえるだけありがたいと思え。それは大正論です。しかし、人生を転げ落ちてやり直すときに、もう一度一番下から山を登り始めるとき、この感情が胸に去来しない人など一人もいないのではないかとさえ思います。

 でも、その一方で発達障害者としての僕はこうも思います。どんな職場でどんな立場であれ、「普通に働ける」ってものすごいことなんだよ、と。僕のような「普通に働く」ことすらずっとできなかった人間にとって、それは無限の可能性のとば口ですらあります。なんであれ働くことができれば、お金をもらいながら「知識」「経験」「関係性」を得られます。そして、人生のチャンスというのは往々にしてそういう場所から生まれてくるのだと僕は思うのです。