商店街のルーツは、承応2年(1653年)、この地に幕府公認の天満青物市場が立ったことにある。幕府は、青物市場の権益を保護し、ほかに似たような市が立つことを認めなかったため、この界隈は新鮮な野菜や果物が手に入る場所としてにぎわった。周辺の農村はもとより、丹波、播磨、近江からも荷が運ばれて、人と物でごった返した。

 現在の天神橋筋商店街は、その青物市場からはじまり、明治以降は天満宮へと向かう参道のにぎわいのなかで誕生した。人が集まるほどに商店が増え、商店街はどんどん長くなり、やがて現在の長さになったのである。

今治がタオルで有名になった理由

 愛媛県の今治市は、タオルの生産で日本一の街。タオル生産が盛んになったのは、良質の地下水に恵まれていたことが第一の理由といえる。

 今治では、江戸時代中期から、白木綿の生産が始まった。市内を流れる伏流水で木綿を漂白すると純白になった。その品質のよさが評判を呼び、名産品となったのだ。

 その後、白木綿の人気が落ちると、明治27年(1894年)頃からタオル生産が始まる。戦後の物不足の時代に好景気となり、昭和35年(1960年)には日本一のタオル産地に。今は、高い技術力を武器に、高級タオルに特化、ブランド化を進めている。

 次回は、海外の人気スポットにまつわる裏話を紹介していく。

>>次回は8月28日(金)公開予定です。